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   0−0/


 ぴょんぴょん。わあわあ。待てー、待ってよー。あはははっ。
 これが俺の目の前で繰り広げられている光景。

「なあ、子供って可愛いよな」

 名目上は先日に手に入れた街の視察、実質的には俺の気分転換を兼ねた散歩のために訪れた街の中でふと口に出してみた。

「はあ?」
「なんだよ、その気の抜けた返事。清瑞はあの駆け回ってる子供たちを見ても心がほのぼのとしないって言うのか?」
「い、いえ、そうではないですけど」
「あの笑顔を見てると、俺たちが狗根国を追い出そうとしていることが無駄じゃないんだなあって思えないのか?」
「そ、そうですね。そこそこには」

 俺の左側を歩く清瑞はやけに棒読みで頷いてはいるものの、どうにも同意を得られたという気はしない。たぶん話をあわせてくれているだけなのだろう。というか興味無さそうだ。こいつはこのままじゃ良い母親にはなれないな。
 ……ふう、清瑞をどこに出しても恥ずかしくない花も恥らう乙女に更生するには時間がかかりそうだ。だけど、俺は負けるわけにはいかない。志半ばで果てた(清瑞を女らしくすることを諦めた)伊雅のためにも。
 ならば―――

「音羽なら解ってくれるよな。あの子供たちの良さが」
「ええ、それは勿論です。走り回って傷だらけの膝小僧に、真っ黒に焼けた肌。そして笑顔。もう最高だと思います」

 うん、流石は音羽。護衛の名目でやってきたのに、俺から視線を外して心はすでに子供たちの無邪気な追いかけっこに夢中になっている。俺的にはパーフェクトだ。正しくマザーおぶマザー。
 俺の右側を歩いている音羽は、相好を崩してえらいニコニコしている。あんまり機嫌良さそうだからショタコン? とか聞いてみたくもなったけど、それは失礼なのでやめておこう。そういう邪な気持ちを抱いて子供を見る存在がもしいるとしたら俺ぐらいだろうし。

「清瑞、解るか? これがお手本だ。以後、見習うように」
「はあ。いえ、ですけど護衛になりませんよ?」
「――馬鹿、そんなことは問題じゃない。俺はお前に一人の護衛としてよりも、一人の女として生きてもらいたいんだ」

 個人的な要望で恐縮だけど俺は仲人をやってみたい!

「……え? へっ!? お、お、女として生きろというとそれはもしかして私にあのその――」
「音羽もそう思うよな? なんていうか、俺、清瑞が誰かと結婚して子供できたりしたら、凄い無愛想なくせに可愛いのが生まれてくると思うんだ。というか清瑞が結婚するとしたら相手はどんな奴なんだろ。それも気になるなー」

 言い終えた瞬間に何故か、隣にいた清瑞が一瞬でドライな表情に戻って 「やっぱり解ってましたけど、そんなところですかそうですか」とか言い出した。生きる事に疲れたサラリーマンみたいな表情に早変わりした理由は解らないけど、最近、清瑞はこんな状態になることが多いので華麗にスルーする。
 長い付き合いだから、例え清瑞にちょっと変わったところがあったとしても俺はそんな清瑞を優しく容認してやるのだ。

「ええ、本当にそうですね」
「だろ? っていうか、復興軍の皆に子供とかできたら面白そうじゃないか。個性派揃いになりそうで。そんな奴らの相手とかしてみたいな、俺」
「ええ、そうですね」
「……ていうか俺の話、聞いてないだろ?」
「ええ、そうですねえ」
 
 頷きながらもトリップしたまま視線は子供達へ。音羽め、仮にも偽者とはいえ神の遣いのお言葉を完全にスルーしてやがる。なんてけしからん。
 ここは神の御威光をもって、俺の目線の真正面で歩くたびにばるんばるんと揺れている、音羽のけしからん乳をこらしめてやるべきだろうか。ばるんばるんを、ぎゅむっと。もみもみっと。
 ……まあ、非常に良い作戦だとは思うけど、両隣の女性陣を怒らせたら明日の朝日を拝めなくなるかもしれないから止めておくが。

「なあ清瑞。俺、部下に無視されてるみたいなんだけど。怒るべきなのかな?」
「知りません」

 助けを求めて反対側を歩いている清瑞を見ると、何故か彼女は怒っていた。まだあの乳には一切手を出していないというのに。
 傍目に見たら、何ら気分を害しているようには見えないのだけれども、割と付き合いの長い俺には解る。これは本気一歩手前まで気分を害している顔だ。初めて出会った頃の清瑞の表情に似ている。割とお茶目になった今の清瑞には、似合わない。
 一体どうしたのだろうか。そんなにも実は子供が嫌いなのだろうか?

「ええ、ああっと。違う場所行こうか? ここ、苦手だったか?」
「別に。……そんなわけじゃないです」

 とか何とか言いながらも、清瑞はぷいっと顔を横に向けた。
 ああもう、これは本格的に子供嫌いであるらしい。子供の姿を視界に収めるのも嫌であるようだ。まったく、そこまで子供という存在を嫌悪していたなんて。今まで気付かなかった自分が恨めしい。

「よしっ。解った!」

 即断即決。そうと解ったらやることは一つ。
 がしっと清瑞の右手を握り締める。

「えっ? ひゃっ、何、えっ!?」
「とりあえず今日はここで終了だ。帰ろうか、速攻で。――音羽も、今日はここまでな」

 心の中で子供嫌いの清瑞に、子供の観察をつき合わせてしまった事を悔いながらも、俺はそういって城へと戻るのだった。
 途端に不服そうな表情を音羽が浮かべたが、そんなことは些細なことだ。横目にちらりと観察してみれば、顔を真っ赤にして怒っているのだろう清瑞のためにも、早くこの場所から離れないといけない。
 だから俺は久しぶりに見た心の温まる光景を脳裏に刻みつけながらも、せかせかと走って城へと帰った。
 そして同時に、やることなくなったら教師になるのもいいかもしれないな。なんて、そんなことを考えもしたのだった。


   0−1/


 などという流れが、誰も気づかなかったけれど全ての始まりだった。
 そう、俺はあの瞬間にすべてを決断していたのだった。
 お役御免になって暇になったら、子供を相手にして何かして暮らそうと。
 そして、それから時が流れた現在。ようやくにも復興軍は九洲の地から狗根国兵を追い出すことに成功していた。悲願達成というわけである。
 つまり、俺の秘められた野望が成就される時が遂にやってきたのだ。

「お呼びでしょうか?」
「あ、やっと来てくれたか。亜衣。まあ、ここは一つ座ってよ」
「それでは失礼して。――それで早速、本題に入らせてもらいますが、緊急の要件ができたと聞きましたが」
「うん、そうなんだ。まあズバリ言っちゃうと俺、復興軍辞めるから」
「はあ。そうですか。次の職はあるのですか?」
「えっと、それはさ。子供相手に教師とかやってみたいなあって思ってる。ははっ、実は俺、子供好きなんだ」
「そうですか。それは確かに緊急な対応を要する件ですね――って何言い出してるんですか九峪様。私は最近寝てないんで冗談を聞いても笑う度量がないのですけれど、も!」

 どんがらがっしゃーん。どどーん。
 俺の部屋に入ってきたときは、労働基準法違反間違いなしの仕事をこなしていたためか、意識があるのかさえもはっきりしていなかった亜衣は、一瞬で復活して目の前に置いてあった机を平手でバシバシと叩きつけたのだった。彼女の背には赤い舌をチロチロと出し入れしている蛇のオーラが見え隠れしている。
 ……何だろう、あれ。新手のスタンドか?

「いや冗談じゃないんだけど。――いえすいません冗談ではないのですけれども亜衣さん」
「復興軍の総司令官が教師になりたいから辞めますだなんて狂言が冗談じゃなくて何だと言うのですかっ! 何が不服なんですかっ! 星華様は確かに胸ばっかり気にする痛い子な面もありますけど、あれで中々真面目に民のことも考えていますし、何より私の贔屓目を抜きにしても美人でしょう! 羽江だってもしかしたら将来美人になる可能性がないわけではありません! それに少し力持ちすぎる愚妹ではありますが、衣緒だって気立ての良い娘です!」

 うん? よっぽど混乱しているのか、亜衣の言葉が支離滅裂になっている。
 星華が美人だから何だというのだろうか。こっちは復興軍で多数の女性陣に囲まれすぎて、正常な男子としての反応があらかた潰されてしまったというのに。もう俺は、うっかり紅玉さんと同じ部屋に二人で雨宿りみたいなシチュエーションにならない限り、うぶな男のように顔を赤らめたりはしないのだ。

「いやほら言わなくても解るだろうけど、取り敢えず俺が居座ると面倒なことになるだろう?」
「それはっ――!」

 不味いところを突かれた、とばかりに亜衣の表情が歪む。その顔を見た瞬間に、俺は内心でにやりと笑った。鉄壁の女である亜衣を攻略するためには、少しでも穴ができたならその機を見逃してはいけない。そうしなければ二度とチャンスは巡ってくることはないのだ。
 つい最近の飲み会で、「ふう、飲み過ぎてしまいました、九峪様」とか亜衣にしなだれかかられながらも、全く手を出すことができず、あまつさえ酔いが覚めてしまった亜衣に逃げられてしまったことで、そのあたりの重要性を悟らざるをえなかった俺に隙はないっ。

「解ってるだろ? 俺が居座って良いのは、ここまでだ。ここから先は、亜衣、お前達の――いやお前達だけの舞台なんだよ。演技を終えた役者が、厚顔無恥に舞台に居座り続けることほど、みっともないことはないだろう」

 だだーんと畳み掛けるように俺は言う。亜衣はその瞬間に、唸るように眉をひそめた。俺と亜衣の立ち位置が逆転してしまったようで面白い。何と言うか、俗な言葉で言えばそそる。サドの亜衣をいたぶることがこれほどに快感だったとは。うーん、意外ともう少しいじめてみたいかも。
 ……俺ってもしかしたら、仮性エムの真性サドだったのかもしれない。

「けれど、けれどそれでも私たちにはまだあなたが――」
「駄目だ、亜衣。それ以上は言っちゃいけない」

 少しだけ心を揺り動かされそうな言葉を口にしようとした亜衣に向かって大きく首を振る。
 それはできないことだからだ。例えどれだけ頼まれたのだとしても。
 神の遣いだろうと何だろうと、俺はただの部外者でしかない。九洲を取り戻し終えたからには、もう俺はいてはいけないのだ。きっと。この地は九洲の民のモノであるのだから。違う世界から流れてきた俺が、手の平の上で転がしていいような軽いものじゃない。

「だってこの国を動かすのは、俺じゃなくて復興軍の皆なんだからな」

 そう言葉を、息を吐くように自然に口にすると、眉をひそめていた亜衣が途端にぎゅっと目を瞑った。悔しそうで、それでいて理屈では分かっているのか仕方ないと諦めているような表情も垣間見える。
 とても賢い亜衣のことだから、それだけで俺の真意は伝わったのだろう。何もそれから言い返そうとはしない。
 そう、俺はいてはいけないのだ。
 新しく九洲の民の頂点に立つことになる火魅子候補は、己が足で歩かなければいけない。そして同時に民の誰からも火魅子は自立していると思わなければいけない。それが火魅子という象徴に課せられた宿命になる。
 だから俺という神の遣いに寄りかかったまま、自立していないというイメージを民に持たれることだけはどうあっても避けなければいけない。未だに神の遣いにおんぶに抱っこの火魅子候補だと世間に認識されることは、短期的な視点で見ればそうでないにしろ、長期的な視点で見れば確実にマイナスになる。それは国を割りかねないほどに大きな要因に化けることだってあり得るだろう。
 だからここで、今この瞬間から火魅子という唯一の存在が、九洲を統べ、民を導いていくのだと広く知らしめることが今後の復興軍の方策の中では大きな比重を置く事になる。具体的には新たな火魅子の神格化と、そして今まで神格化されていた俺の形骸化だ。
 手っ取り早く言えば、神の遣いなどという男を退場させてしまえば、それまで神の遣いが得ていた名声や地位はごっそりと新たに擁立された火魅子に渡る。そうなることで世情も安定したまま、新たな火魅子は治世を開始することができる。
 そうすべきことは、復興軍の中でも頭のいい人間の何人かは気づいていることだろう。もちろん、今目の前にいる亜衣を含めて。
 だけど、誰もそのことを言い出してこなかったから、俺が口にする事になってしまった。
 もう俺は、これからどうするか、退場した後のことまで考えているのだから、いつだってその話を切り出してくれて構わなかったというのに。俺はもう新しい職の候補だって見繕っているんだから。
 お人よしな連中だったから、変に遠慮か何かされてしまっていたのだろう。
 そんな冷めた視点で、青褪めた様子の亜衣を眺めていると、暫くの沈黙の後、ようやく亜衣がゆっくりと顔を上げた。

「……九峪様は、私たちが嫌いなのですか?」

 らしく無い言葉に、少しだけ驚く。
 まるで感情に訴えかけるような亜衣の言葉が来るなんて、予想もしていなかったし、それにプライドの高い亜衣がそんな言葉を口にできるとも思っていなかった。

「おいおい、何を突拍子も無いことを言ってるんだよ。好きか嫌いかっていうなら、悩む必要も無いぐらいに好きだよ。亜衣も、それに皆のことも。今まで一緒にいた奴らは全員、情が移っちゃってるからな」
「そうでしたら、もう少しだけこのままで――」
「ストップ。それも言っちゃいけないことだ、亜衣」
「ですが……いえ、それほどまでに九峪様はここから離れたいのですか?」

 そこで頭を振りながら亜衣はそんな疑問を口にした。なるべくならば切り出したくなかった質問であるのか、その口調はどこか弱い。答えを聞きたくない、そんな意図が明け透けに読み取れる。どうしてかそんな惜しまれるような表情を見ると、嬉しくなる俺は不謹慎なんだろうか。

「違うよ。履き違えないでくれ。俺は離れたいわけじゃない。そうじゃなくて、離れるべきだというだけなんだ。確かにこれからもずっと今までみたいに皆で一緒にいられたら楽しいだろうと思うけどな、いつまでもそうしてはいられない。解るだろう?」

 なるべく優しい声でそう告げる。だけど亜衣は応えない。またらしくもなく部屋の床に焦点を当てて、顔を下げる。
 普段は気丈な亜衣がこうなるのだから、他の皆を説得するとなったらどうすればいいのだろうか? そんな疑問が不意に浮かんだ。

「――亜衣」

 もう一度、ゆっくりとその名を呼ぶ。
 すると、亜衣はぴくりと体を震わせた。まるで俺に殴られたかのようにその表情は暗い。
 だけれどもこれは絶対に頷いてもらわなければならない類のものだ。
 確かに耶麻台国の復興の過程において少なからず俺も役に立ったという自信はある。根っこの気質が完璧に庶民だったからなのか、結局のところ最後まで威厳に溢れた神の遣いを演じることは出来なかった。けれど、その代わりに俺らしい方法であいつらの助けになることが出来たとも思う。
 歴史の教科書という反則に近い知識を持っていた俺が、復興軍に与えられたものは決して小さくはなかったはずだ。それに“神の遣い”という人々の意識を一点に集中させることができる偶像となったことも、戦いにおいては重要なファクターだっただろう。時々だけ使えた変な火の力で、何体かの魔人を倒すことができたことも同じだ。
 だけど、やっぱりこの結果を勝ち取れたのは皆の努力と協力があったおかげであることは疑う余地すらない。
 そもそも俺は“神の遣い”という耶麻台国を復活させるために必要な道具にすぎず、それをあいつらが使いこなしたからこそ現在の勝利がある。つまり言ってしまえば功労者としての権利を得るのも、賞賛されるのもあいつらであるべきだ。
 その事実に亜衣は気づいていない。
 まだ俺の神の遣いという大法螺に騙されてしまっているということであるのだろう。最初はいつ嘘がばれるかと冷や冷やしていたが、こうなってしまい嘘を完璧に信じられてしまうとそれはそれで問題だ。

「ですが、ですがっ! それでも九峪様にはこの国の指導者として――」
「三度も同じ事を言わせるなよ。そこで止めろ亜衣」

 そこで唐突に顔を弾きあがらせた亜衣の言葉を途中で潰す。
 頷くことなんてできるはずもなかった。役目を終えた飾りが居残り続ける理由なんて存在しなかったからだ。

「俺はもう、何を言われようとも九洲の治世に関与するつもりは無いよ」
「……そう、なのですか」
「ああ」

 その言葉に、亜衣がひどく悲しそうな表情をしたのが印象深かった。不謹慎だけどその表情を眺めていると、こんな俺でも役に立てていたんだなと少しだけ嬉しい気持ちになった。もちろん、意思は変わるはずも無かったけれど。
 俺はこの場所にはいられない。そして、もちろん現代に帰る事を選択することもできない。俺の決断で何人もの人間が死んでしまった以上は、俺にはその結末を見届ける義務があるということに気づいてしまったからだ。
 現代に帰ることができれば、今よりも格段に楽な暮らしをすることができるだろう。だけど、それはきっと俺の心の中にある何かを失うことと同じだ。だから、帰ることは出来なかった。色々と本当に迷ったのだけれども。
 だから、俺は決めたのだ。
 俺は舞台を降りて、この国が方向性が定まる様子を、見守っていくのだと。
 だからまあ、一先ずはこの世界ではそこまで多くない教師の真似事でもしながら、皆のこれからを見守っていけたらなと、そんな願望が城下町の子供達の姿を目にした時に浮かんでいた。数学に関してなら珠算を教えれば、大勢の人の助けになるだろうし、この時代は読み書きが出来ない子供も少なくない。俺のような人間でもやれることはたくさんある。
 本音のところでは、俺も皆の傍に入れたら一番良かったんだけど、それが良くない結果を生む可能性が高いからには、もうこんな選択肢しか残っていなかったのだ。だから俺は次善の選択肢を選ぶ。距離は離れてしまっても、同じ大地で同じ空を見ながら生きていければ、それもまた悪くない選択肢だろうと思ったからだ。

「――わかり、ました」

 ここで正直なことを白状すれば、亜衣の言葉に少しだけ罪悪感と未練を覚えた。



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