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 ふむふむと、新兵希望者について九峪は選別を済ませていく。
 先の戦いの結果もあってか、公孫軍には入隊希望者が大挙して押し寄せてきていた。
 二万五千の黄巾党を寡兵で打ち破ったという実績が大きいのだろう
 それを管理し振り分けるのも武将の仕事である。
 真面目そうなのは普通の部隊に組み込んだり、何か特技がある奴はそれ専用の工兵部隊に入れたり。
 特に今、九峪が求めているのは優秀な諜報要員であった。
 せめて清瑞の二割程度の実力を持つ、裏方専門の兵士が欲しい。
 だがそうそう必要な人材が流れてくるわけもなく、一から育て上げるしかないのがつらいところだった。
 悩ましい。悩ましすぎて九峪は昼寝をしてしまいそうになるのであった。
 なまじ頭がいいだけに、どうしようもないことはどうしようもないと、早々に結論を下してしまうのが九峪の長所にして短所だ。
 だが、皆が忙しく働いている中で自分だけさぼるわけにはいかない。
 九峪はぐっと堪えてから、他の仕事をするために部屋を出ていくことにした。
「ちーっす、姉御」
「何だ九峪。お前仕事終わったのか?」
「一段落ってところで。これから外回りしてきていいですか? ちょっと気になることがあったんで」
「いいけど、何するつもりだ?」
「いや、改めてじっくりこの辺りの地形を把握しておこうかと。もし防衛戦することになったら、必要になるでしょうから」
 暗にいつかは誰かに攻め込まれると九峪は公孫賛に言っているのだ。
 その言葉に公孫賛は、少しのためらいの後、頷いた。
「そうすぐに他国から攻められるなんて思えないが、分かったよ。行ってこい」
「あざーっす。夜までには帰ってきますんで」
「そうか。なら夜までにお前には別の仕事を回してやるから待っていろ。武将のくせに行政までこなすなんて、高性能な奴を遊ばせておく余裕はないからな」
「あははは、夜は寝かして欲しいなあ、なんて」
「二、三日は我慢しろ。人手が足りないんだ」
 この時点で九峪の能力についてはほとんどばれていた。
 大方、滅亡した国の重要な職に就いていた者か、あるいはその子弟だろうと公孫賛は思っている節がある。
 九峪にしてもさぼるのは主義じゃないし、良い言い訳も思いつかないので、適当に妄想されるに任せている。
 まさか神の遣いと同郷なんて言えば、どのような反応をされるかもわからないためだ。
 そんな苦笑いを浮かべる九峪に、公孫賛はいいことを思いついたとばかりに口元をにやりと歪めた。
「そうだ。ならついでだから、趙雲のやつも連れて行け」
「趙雲ですか?」
「ああ。あいつ私すげー苦手だって言っただろ。どうもお前なら言うこと聞かせれそうだし、ちょうどいい」
「えー。あの子、一つ言うこと聞かせようと思ったら、生傷が三つほど刻まれるんですけど」
「ははは、馬鹿め。それを聞いたらなおさらだ。命令だ。二人で行ってこい」
「なんという横暴な主。これは下剋上も視野に入れねば」
「そんなこと言いながら命令を聞いてくれるところは、お前のいいところだよな」
 九峪は背中を丸めながら公孫賛の部屋を出ていくことになった。
 だが、その途中、部屋を出る寸前で呼び止められる。
「あー、そういえば関係ない話だが、九峪」
「何でしょうご主人さま」
「……何だその気持ち悪い呼び方は」
「北郷軍を真似してみました」
「背筋が寒くなるから即刻やめないと首をはねる、じゃなかった。脱線させるな」
「そっちの乗りがいいのが悪いんでしょうに。それで、何ですか?」
「はあ、お前も人を流す奴だな。まあいい。それよりもお前、趙雲を真名で呼ぶようになったらしいな」
「何か、そう呼べと言われたんで呼んでますけど?」
「そうか」
 公孫賛は九峪の言葉に、短く頷いた。
 そして何事を考えたのか、顔をあげて九峪を見据える。
「思ったよりも、お前ら相性が良かったらしいな」
「何がです?」
「いや、引きとめておいて悪いが、何でもない。行ってこい」
「まだ春じゃないのに、変なことで」
 九峪は首をひねりながら、そのまま退室していったのだった。
「私も真名ぐらいなら教えてやってもいいんだが(ピーー)で(ピーー)だから真名が作(ピーー)出てないんだよなぁ」
 ……公孫賛のメタ発言を聞いてはいけない。



「ふむふむ、中々面白い場所に目を付けたな。ここなら確かに戦が起これば、気づかれにくい死角が幾つもできる」
「だろ? 地図上で確認した時はもしかしたらって思いつきだったけど、こうして現場を見れば楽しいことができそうだ」
「戦が待ち遠しい、というわけか。その気持ちは理解できるぞ」
「……うーん、違うと言いたいけれど、実際はそうなのかもな。平和主義者のつもりだったけど、最近はどうも自分が信じられない」
 趙雲に言われた言葉がぐさりと胸に刺さる。
 戦を望んでいるのではないか。そう聞かれれば違うと答えたい。
 答えたいのだが、今、九峪は周囲の地理を把握しながら平行して、頭の中で仮想敵との戦闘についてシミュレートしていた。
 大軍で攻めてきた相手をどのように誘導して、どのように分断し、どのように各個撃破するか。
 兵の質で勝る相手をどのように混乱させ、こちらの有利な状況に持ち込み、どのような策で勝利するか。
 そういった思考が目まぐるしく頭の中を駆け巡る。
 つまりもはや本能で、戦うことを考えてしまうわけだ。
 それは褒められたことではないのだろうが、戦乱の世においては必要でもある。
 元、高校生の身分としては多分に複雑だ。
「九峪、お前は悩みすぎだ。戦いに備えることと、平和を好むことは相反するわけでもなかろう」
「まあ、そうなんだけどな。ただ、これでも昔は虫も殺せないひ弱な男の子だったんでね。少し、思うところもあるわけだ」
 そう言ってから、九峪はまた周辺の地理を見渡した。
 誰もいない草原に敵がたむろして押し寄せてくる光景が、浮かび上がってくるように見える。
「あー、やだやだ。人間、戦わずにそっと生きていくのが一番だよなあ」
 思った以上に、自分が毒されていることに気付いて、九峪は乾いた笑いをあげた。



 そして時が流れた。
 普段どおりに兵を鍛え、下っ端武将としての仕事を行っていた九峪は、いつかのように呼び出されることになった。
 公孫賛は深刻な面持ちで、配下の武将たちに告げた。
「気は進まないが、私等も董卓を討つために兵を出すことにした。大陸中から董卓を倒すために軍が派遣される。うちも総力を挙げることになるから、全員、入念に準備をしてくれ」
 つまり時期的に、反董卓連合の結成までさしかかったというわけだ。
 これを機に、三国志の時代は加速度的に戦乱の激しさを増していくことになる。
 心の中に火がともる。九峪は柄になく気持ちがたかぶるのを感じた。
 死にたくないなら、ここからは手を抜いている暇はない。
 何せ劉備玄徳がいない時点で、この時代はもう九峪が思うとおりには動いてくれないのだから。
「遂に董卓に最期が訪れるようだな。魏に袁、呉まで集うとなれば、いかに呂布とて抵抗はできまい」
 趙雲は何か満足げに笑みを浮かべていた。
 大きな戦いが近付いていることが純粋に楽しいのだろう。
 対する九峪は趙雲でさえ信じられない実力を持っているのだから呂布ともなれば、どれほどのものになるのかを考えて憂鬱になっていた。
 史実通りに呂布が董卓を討ってくれれば楽なのだが、そううまくはいかないだろう。
 血で血を洗う乱戦になることを覚悟する。
「そこでだ、九峪」
 すると、公孫賛が九峪に呼びかけてきた。改まった風な表情で。
「正直な話。うちの軍にはこれまで、正規の軍師はいなかった。万単位の人間を動かすに値する人間がいなかったからな」
 私も含めて、と自嘲的に公孫は続ける。
「だけど、次の戦は大きい。だからなるべく準備はしておきたい。軍全体を管理する軍師は一本化しておいたほうが賢いだろうと思うんだ。そして今は運がいいことに、流れ者だがそれに見合う男が軍に籍を置いてくれている」
「つまり俺に軍師をやれと。いいんですか?」
「これは私だけじゃなく、他の将兵達を含めた意見だ。この前、黄巾党の奴らと戦った時、私等が突撃と撤退を繰り返す横で、お前だけはまるで生き物のように部隊を動かしていたからな。あれに憧れた武将や、自分もああいう戦いをしたほうが生き残れると考えた兵、それにそのほうが損害が少なくて助かる領主がいたわけだ」
「そういうことなら、やりますよ。死にたくないし、死なせたくない。後悔しないように、軍師の地位を与えられるのはありがたい」
「そうか。助かる。――情けない話だけど、私には才覚ってやつが足りなくてさ。前々から悩みの種だったんだ」
 あははと快活に公孫は笑った。自分の能力の限界を自覚して、そんなことが言える人間は九峪の目には好ましく思った。
 自分の力がどこまで通用するかは分からないが、手助けはさせてもらおうと思う。
 いつの間にか、この良い人すぎる領主が気に入っていたというのも大きい。
 それに同じ日本出身の北郷も軍を率いて出るとなれば、助力をしてやりたいと思わないでもない。
 軍師という立場は何にしても役に立つだろう。
(どこへ来ても、俺のやることは変わらないな)
 九峪は何かが面白くて、内心で笑みを浮かべた。
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