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 実は少しだけ本音を語るならば、九峪は総大将ではないただ一人の武将としての戦いに憧憬を抱いていた。
 自分が倒れれば全軍が瓦解するという危険性から、九洲を解放する戦いにおいては常に一歩引いた距離から仲間たちの命をかけた戦いを見てきた。
 だからこそ歯がゆいし、だからこそ最前線での戦いが羨ましく思える。
 それはただの意地である。生きる死ぬを考えれば邪魔になるだけの意地。
 だがしかし、そんな意地や誇りこそが生命に彩を加えてくれることもまた事実。
 九峪はまた知らぬ異世界に迷い込み、そして再び戦場に立つことになった自身の運命の数奇さに苦笑しながらも、沸き立つ昂揚を抑えきれなかった。
 腹の底が焼けるように熱い。
 それは命をかける場所に立つ武将が抱く高ぶりであった。
「街中で軟弱な男を装っている時とは別人だな。そのほうが私の好みだぞ」
「趙雲か。こんな所でぶらついて、――いてもいいのか。お前は客将だったな」
「そうだ。所詮私は流れ草。協力はしようとも細かい指示は受けない。好きなようにやらせてもらうさ」
「わがままな奴だ」
 二人の陣取る場所から、半日ほどかかった距離には黄巾党の連中がたむろしていた。
 その数は約二万五千。報告よりもわずかに多い。公孫賛軍が一万に満たないことを考えれば、面倒な相手だ。
 真正面からぶつかれば敗北は必至である。
 こんな時は絡め手が効果を発揮し、九峪の得意とするところであるのだが、今はまだこちらに来たばかりなので準備が足りない。
 これが九洲であったならば、この程度の兵数差、島津軍にすら劣らないほど芸術的に昇華させた釣り野伏せで撃退してやるのだが。
 しかし、亜衣もいなければ清瑞もおらず、自分の呼吸を知る兵士達もいない。そうなれば策をなすことなど不可能だ。
 それが何とも口惜しい。口惜しいが、同時に楽しくもある。
 嬉々として肯定することではないが、戦場において策を考える軍師としての仕事を九峪はいつの間にか好んでいた。
 せっかく三国志の世界に来たのだから、いつか本場の諸葛亮と会って軍略について語り合いたいとも考えているぐらいだ。
 端的にいえば九峪は戦場に染まっていた。
 それはくしくも先ほど趙雲に指摘された通りのことである。
 九峪本人も表立っては認めないが、間違いない事実であった。
「ふふふ、どうだ。私を使ってみるか?」
「お前をか。面白いな。使い勝手が難しそうだが、破壊力はありそうだ。だけど意外だな」
「何がだ?」
「そう簡単に俺に協力しようとしているところがだよ」
 どうやって敵の邪魔をしてやろうか。床几の上で駒を動かして考えながら、九峪は答えた。
 趙雲には目もくれない。
「何、これは消去法だ。この軍の兵士の実力は悪くないが、それを率いる武将がぱっとしない。私を扱えそうなのはお前ぐらいだからな」
「こんな短い時間で、分かったような口を利くじゃないか」
「あまり私を力だけの馬鹿のように思うなよ。これでも行軍している部隊を見て回った。突然の知らせで準備する期間が少なかったにも関わらず、お前の配下の兵士達はよく準備を終えていた。こうして歩く姿もどこか他の隊とは違う。それ即ち、お前には人を率いる才能があるということだ。そういう人間は、どこの国にも数人はいるものだ。この国ではお前なのだろう」
「ほー。さすが諸国を回った武芸者の言葉は違うな。だが残念だが、趙雲をどうこうするのは上が考えるだろう。俺は下っ端でね。それに従うつもりだよ」
「公孫賛殿になら許可をもらったぞ。私は扱いにくいそうだから、お前なら適任だろう。とのことだ」
「それは信用してもらっているようで嬉しいね。ただ厄介払いされたような気もするけれど」
 九峪がそう言いながら、盤上の駒を動かして何事を考えれば、趙雲はそれが気に障ったのかその駒を手にとって自分も動かし始めた。
 二人は駒をせかせかと動かして、黄巾党への対処方法を考えた。
「こちらが兵数は少ないのだから、そう動かすのはまずかろう。ここは騎兵の特性を活かすべきだ」
「そうだけどな。地形を考えるに、騎兵が実力を発揮できる場所はこの近くにはない」
「ならおびき寄せればいい。少し下がれば位置的にも申し分ない平原があるだろう」
「それが上手く嵌ればいいんだけどな。こちらの構えを厄介とみて、山あいに抜けられて南へ降りられたら、俺たちは困らなくとも、南の住人達が困るだろう」
「自分が治めぬ土地のことを考えるのは武将の役目ではない」
「だが、そこを気にするのが姉御なんだよ。良い人だからな。危険な奴らを余所の領地に放り投げるのは、趣味じゃない」
「……そのようなことでは、土地を治めることなどできぬ」
「だろうな。だからまあ、俺らが補佐するわけだ」
 自分には理解しがたい言葉であったのか、趙雲は顔をしかめた。
 その趙雲を眺めて九峪は苦笑する。気持ちは十分に分かった。気を抜けば食われる戦国の時代において、公孫の方針は甘すぎる。近い将来、隣国に食われて終わるだろう。
 この件については趙雲の判断が全面的に正しい。
 ただ不思議なことに、九峪が好ましいと思うのは甘い方だったのだ。
 甘い人間同士親近感が湧いたのかもしれない。
「私が他勢力に回ったならば、まっ先にここを落とすことを進言するだろう」
「言うねー。だけど、そう上手くやらせるつもりもないってだけは、言っておく」
「ふん、そうであって欲しいものだな」
 趙雲は鼻を鳴らして言葉を納めた。それ以上は言うつもりはないらしい。
 自制した、というところだろうか。
「ま、不毛な議論は置いといて、目先の戦いの話に戻ろうか。姉御には遊軍扱いでうろついていいって言われているから、せいぜいかき回してやろうかと俺は思ってる。それも踏まえて、ついてくるか?」
「何をするつもりだ?」
「今、薄そうなところを部下に下調べさせてるところだ。定石に則って、消耗品をどんどん削っていってやろうかな、と。部隊の移動速度なら黄巾党には負けようがないしな。喧嘩売る場所を見間違えなきゃ、楽な戦いになる」
「攻める場所を間違えれば、一息に包囲されると分かっての言葉だろうな」
「もちろん」
「良いだろう。直に刃を合わせれなかった腹いせだ。お前の傍で将としての才覚を見させてもらうことにする」
 そうして九峪はせこせこと黄巾党に嫌がらせを開始したのだった。
 清瑞さえいれば、もっと効果的なポイントを狙い撃ちできるのだろうが、今の部下のレベルは高くない。そうなるとどうしても攻撃は無難なものになる。
 昔の自分がどれだけ恵まれていたのかを思い知りながら、九峪は速さを武器に黄巾党を翻弄していった。
 それは本人には不満はあろうとも公孫軍の中では、あっという間に成果を上げるのだった。
 正面からぶつからない後方を狙ったり挟撃したりする戦闘こそ九峪の真骨頂である。伊達に九洲の諸葛亮などと呼ばれてはいない。
 このまま相手が痺れてこちらに攻め込んでくるまで、好き勝手やろうと九峪は考えた。
 だが、その途中で九峪を本陣へと引き戻す命令が下される。
 聞けば南に神の遣いが降臨し、関羽、張飛といった武将を引連れて北上してくるという話。
 三国志に多大な興味がある九峪は、好奇心が勝って黄巾党への妨害の手を中断して陣へと戻ることにした。
「で、神の遣いってのは何者なんすか?」
「見たこともないような服を着た若い男で、日の光を受けて服が煌く姿は、まさに神の遣いを思わせるとか。関羽、張飛が認めたとなれば、決して悪人でもないだろうしな」
「ふうん」
「何だよ九峪。その驚きのない相槌は」
「いや、なんていうかどこかで聞いた話だと思いましてね」
 まさか俺の時と同じで神の遣いは高校生じゃないよな、などと真理をずばり言い当てながら九峪は答えた。
「ほう。名高い関羽殿と肩を並べて戦えるとは。良い機会を与えてもらって感謝します公孫賛殿」
 九峪と違って趙雲は関羽の方に興味が移ったようだ。
 そういった理由で公孫軍は一時、黄巾党との戦いを中断することになる。



 そして噂に名高い神の遣い御一行とやらがやってきた。
 勢力は五千と少しか。公孫軍も五千ぐらいが自由に使える限度なので、合わせて一万。それが黄巾党を追い出すために使えることになる。
 願ってもない話だ。喜ばしい、
 そんなことを考えながらも、九峪は神の遣いとやらの姿を眺めた。そして一目見て理解した。神の遣いは学生だ。かつての自分と似たような顔をしている。
 まだ自分の立ち方が分からない表情。
 少しばかり過去への郷愁の念が胸を覆う。
「あ、こんなところにいたのか」
 遠くから神の遣いを観察していた九峪に声がかけられた。
「何ですか?」
「お前も一応、神の遣いとやらとの会談に来てくれよ。今のところ黄巾党の連中の動きを一番把握してるのはお前だしな」
「そうですね。なら同席させてもらいます」
 そうして始まった会談で学生は北郷一刀と名乗った。
 おおかた鹿児島あたりの人間なのだろうと当たりをつける。同じ九州人同士で仲良くできそうだ。
 一対一で会えるようになったら、お互いの近況について話をしてみようと九峪は考えた。
 そんなことを考えながらも話し合いは進んでいく。
 合わせて一万で、どうやって二万五千の敵と対するかという問題について話が進められていくことになる。
 北郷が連れている軍師の少女、考えに没頭していたので名前を聞き忘れた、はなかなか聡明そうで九峪としても納得できる案を出している。
 少しそれに現場を見ている九峪が修正案を出せば、良い策となるだろう考えた。その時だった。
 話し合いの場に、いきなり趙雲が現れたのだ。
 しかもまだるっこしいから武を見せつけてくれるとかなんとか。
 どうやら九峪のせこせこした黄巾党との戦いに付き従っていたせいでストレスでもたまっているらしい。
 趙雲にしては珍しく短絡的な行動であった。そして公孫賛と少しばかり口論した後に、そのまま天幕を飛び出して行きそうになる。
 九峪は慌てて趙雲を押しとめた。その腕を取って、動きを力ずくで止める。
「ぐぬぬぬ……。こんな時ばかり力技にでなくてもいいだろうに」
「悪いけど、今お前が出ると面倒になるんだよ。じっとしてろ。お膳立ては俺がしてやる」
「ぬう、くそっ、馬鹿力め。本気を出さなければ外せそうにもないか……。よし分かった。九峪、飛び出すのはやめたから手を放せ」
 などということがあって、趙雲一人で大突撃作戦は回避されることになった。
 それに伴い、はわわはわわ言っている少女の策に従って黄巾党を追い詰めることになる。
 九峪は名も知らぬはわわ少女でさえ、これほどの頭脳を持っているならば、諸葛亮はどれほどのものであろうかと期待を膨らませる。
 そして始まった黄巾党との戦いは大勝利で終わった。
 九峪も一武将として活躍した自信はあるが、最も活躍したのは趙雲と関羽の二人だった。
 関羽はうまいこと、はわわ軍師が軍を操作して敵の美味しいところにぶつけ、趙雲は趙雲でお膳立てすると言った手前、最も精強な敵の部隊までの道を九峪が切り開いて、それを真正面から打ち破った。ともに人間とは思えない戦果を上げている。九峪は素直に、この二人と喧嘩するのだけは避けようと誓うのだった。
 だって美人で胸も大きいけど、強すぎるし。
 自軍の損害について報告を受けながら、九峪は精悍な横顔で関羽のおっぱいを見つめるのだった。
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