「ナイスメンマ」
「ナイスメンマ」
 気まぐれに趙雲が作ってくれたメンマ丼を食べた九峪は気がつけばメンマに魅せられていた。
 中華丼やカツ丼に勝るとも劣らない嗜好の料理。それを九峪は二度にわたる異世界旅行にてみつけたのかもしれない。
 老人になり、息を引き取る寸前に、あの日々は無駄ではなかったと、美しいメンマのことを九峪はきっと思い出すだろう。
 それは青春の味。ヴぇルダーズオリジナル。こんなものを趙雲さんにもらった私は世界で一番愛されているに違いない。
 なんて、ことが、あるわけなく。
「メンマはラーメンに入れる添え物だろうがあッ!」
 九峪は彼にしては珍しく吠えた。
 ガルガルとうなり声を上げながら、目の前の趙雲を睨みつける。
 こともあろうに、この女。九峪が一日の楽しみにしていた特性チャーハンの上に、メンマを山盛りにしてくれやがったのである。
 これで怒らないほうが難しい。
「ふふ、私としては心尽くしの礼でもてなしたつもりなのだがな」
「てめぇ言うに事欠いて、炒飯への冒涜を心尽くしだと!?」
「なんだと。それは聞き捨てならんな。メンマを冒涜と言われてはこちらも黙っておれん。ここは武人らしく、どちらの味覚が正しいか戦いにて決着をつけようではないか。なあ?」
 薄く笑いながら、趙雲は肌身離さず持っている武器を構えた。
 その姿を見た瞬間に、九峪はぐぐっと怒りを呑み込んで、はあと息を吐いた。
 椅子に座りなおして、またメンマ炒飯を食べ始める。
 もくもくもく。もくもくもく。無言で山のようなメンマを食べる光景はシュール以外の何物でもない。
「何だ。男ならびしっと、ただの女を力でねじ伏せてみようとは思わないのか。不甲斐無い」
「誰がただの女だ。見た目と反比例して凶悪なくせに。相手をしてたら命がいくつあっても足りん」
「そういうな。暇なのだ。構え。それに単刀直入に言って、お前の実力には非常に興味がある」
「悪いが仕事があるんでね。すぐに戻らないといけないんだ」
 あれから数日。ついに九峪は趙雲に本格的に目をつけられていた。
 どうやら公配下の武将とはあらかた手合わせを終えたらしく、残るは九峪のみであるらしい。
 ちなみに趙雲と手合わせした武将は高確率で蒲団の上に眠ることになる。
 歩く重傷発生マシーンあらため華蝶仮面であった。
「嘘をつけ。昨晩、仕事があるからと言って部屋へと帰った後、そこらの女を連れ込んでいたではないか」
「お前が手合わせを願うとか言って乱入してきたから、あの子勘違いして帰っていったんだけどな! ああぁッ? 趙雲お前分かって言ってるだろ!」
「……ふむ。昨夜は不幸な事故だった。お前とて獣のような男。昨日の失敗は痛かろう。よし、そこで私を見事打倒せたなら昨日の続きを私がしてやるというのはどうだ?」
「はっ、代案にもなっちゃいないな。九分九厘勝ちを確信してるくせに」
「何を言う。せいぜい九分二厘ぐらいだ」
「……七パーセントなんて誤差の範囲だろうが」
 そこで九峪は力尽きたかのように、がくりとテーブルに突っ伏した。
 バトルジャンキーの相手は疲れるのだ。正直、どっかに行ってもらいたい。
 そして平穏な日常と、昨日逃がした女の子を返してもらいたい。九峪は泣きそうになったが堪えた。男の子である。
 どっかに逃げる場所はないかなーと、頭の中で逃走手段を模索してはいたが。
 だが、そこで思考を中断して顔を上げる。
 じろりと趙雲の視線を見返した。それは混じりけのない闘気であった。
 趙雲はにやりと笑う。
「やはりな。お前は隠すのが下手だ。どれだけ情けないことを言っても、根が武人であることは一瞬で知れる」
「根が小動物だから、怖い視線に敏感なだけとは考えられないかな」
「冗談を。小動物が私に臆さず話ができるものか」
「まあ随分と自意識過剰だこと」
 そこまで言ってから九峪は埒が明かないと、立ち上がった。
 五割がメンマという驚異的炒飯を食べ終わったから、後は部屋に帰って寝ることにしたのだ。
 別名、戦略的撤退である。
「何だ、また逃げるのか。つれないにも程があるぞ」
「偉い人は言いました。身の程をわきまえなさい。あんたの相手は俺じゃ無理だ。だからやらない。血わき肉踊る戦いがしたいなら、関羽やら張飛とか有名人はこの近くにいるんだから、そっちとやってくれよ」
「そうもいかないから、こうしてお前を訪ねているのだろう。あの二人は今、黄巾賊との戦いで忙しい。さすがにそこで手合わせは挑めん」
「なら俺も近所のお姉さま方との戦いが忙しいから見逃してくれよ」
「それは駄目だ。お前は武人なのだ。ならば女より戦いを取るべきなのだからな」
「いや武人じゃなくて男だから」
「なら尚更駄目だな。男なら美女の誘いを断るものではない」
「……あーいえばこーいうなー。ほんとその内、闇討ちしてキャン言わせるぞ?」
「ふふん。やれるならやってみるがいい。常在戦場の理は忘れていないつもりだ」
「そっすか」
 九峪はそこで趙雲と意思の疎通を取ることを諦めた。
 目の前にいるのは極上の美女の皮をかぶった、魔人であると思いなおす。言葉が通じない。
 なら無視するしかない。
 本格的に口を閉ざして、九峪は自分の部屋へと駆け出して行った。
 趙雲は当然のような顔をしてついてくる。
 この粘着具合からして、今日にでも本気で襲いかかってきそうだ。
 そろそろ待つのは飽きたということか。
 九峪は自分の悲しい運命に涙しそうになった。だが、そこを我慢してどうにか事態を打破する手段を考えようとする。
 すると、九峪のいる場所に向かって足音が聞こえてきた。
「こんなところにおられたのですか!」
 それは公孫賛軍の兵士であった。
「どうした?」
「南にて黄巾党どもが行軍しているという情報が! その数、約2万! 至急対策を練るために、武将の方々に召集命令が下っております! お急ぎください!」
「だってよ」
「……無粋だが、仕方あるまい。行くぞ」
「へいへい」
 危ない所を黄巾党に救われた形になる九峪は、ほっと息を吐いた。
 だが、だからといって黄巾党の連中を容赦するつもりもない。無辜の民に犠牲を強いる人種は、九峪が最も嫌いな相手だからだ。
 一度だけ髪をかきあげる。
「……ほう。雰囲気が変わったな」
「何のことかは分からないけど、行こうか。今はじゃれあってる場合じゃなさそうだ」
「それもそうだな」
 九峪と趙雲は足早に公孫賛の下へと向かったのだった。
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