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 帰りたい。帰りたいと思っていた。
 知り合いうことができた人々は、皆、好きだったけれど、それでも自分が死ぬ場所は故郷しかない。
 そう思っていたから、ずっと距離を取っていた。気づかないふりをしていた。
 だが、それも限界だった。
 帰りたい、そう思う気持ちが、この場所に迷い込んだ時に、帰れないかもしれないに変わった。
 期待していただけに、それはショックだった。
 そして二度目の異邦での生活。
 また気づかないふりをして、つかず離れずの距離をとりながら、それでも帰ろうと思っていた。はずだった。
 けれど、やはりそれは寂しい。
 結局、耐えられなくなって、最後に差し出された手に泣きついた。
 つまりはそういうことだ。
「お前は北郷殿と同じ世界の住人で、そこにはこの世界に良く似た戦史が伝えられているということか」
「……割とあっさり信じてくれちゃって」
 それまで黙っていた分、箍が外れたように語り始めた九峪の言葉を、趙雲と公孫賛はすんなりと信じた。
 ほとんど疑われなかったために、逆に九峪が拍子抜けしたほどだ。
「そう聞いたことで、納得できることがある。それにお前はうそを言ったわけではないのだろう?」
「まあ、そうだけど」
「うむ。なら問題あるまい」
 それだけだ。追及はなかった。
「天って呼ばれてるとこの人間だったんだな、お前」
「たぶんこっちの人間が、思い描いてるような場所じゃあないですけどね。そういうことです」
「へー」
 公孫賛もほうほうと興味深そうに頷くだけだ。
 九峪は意外と自分が信用されていたことに気がついた。いや、思っていたよりも自分が周囲を信頼していなかったのか。
「天で伝わってる話だと、私どうなってるんだ?」
「……聞きたいですか?」
「……何だその沈黙。言えよ」
「袁紹に負けて敗北。最後は家族を殺して自害だったかと」
「……うーん。現実に起こったかもしれないと思うと微妙だな」
 公孫賛は上半身を起こした九峪の腰骨に抱きついたまま、眉をひそめた。
「それで、私は劉備玄徳という、北郷殿が演じている武人に仕えていたということか」
「そーゆーことだよ」
「お前が散々、北郷軍に私を送ろうとしていたのは、そのためか。自分の知識と乖離が大きくなれば、先が読めなくなると」
「いや、そういうことじゃなくて、このまま勝ち残る蜀にいけば、星も安全だと思ったんだよ。そもそも董卓との戦いの時点で、俺の知る歴史とは違うものになっていたからな。先はずっと読めなかった。せいぜい名前を聞いたら強いか強くないかが分かるぐらいで」
「ふむ。お前がそう言うなら、そう納得しておいてやろう」
「そりゃどうも」
 九峪は軽く頭を下げる。
「なら、九峪にも先は読めないってことか?」
「読めませんね。まるっきり。というか、真面目な話、何かがおかしい」
「おかしいっていうのは、白装束の連中とかそういうのと」
「それと関係あるかは分かりません。ただ全般的にこの世界はおかしい気がするんですよね。まるで、何かに追われてるように、ぽんぽんと俺が知ってる戦いが起きていく。本当なら戦争ってものは何年も時間をかけて進んでいくはずなのに、この世界だと、それが一発で決まる」
「何かに追われている……?」
「そう。まるでタイムスケジュール、時間割が決まってるみたいに感じて。まあ確証なんてないんですけどね」
 そこで九峪はお手上げとばかりに肩をすくめた。
 それは九峪がこちらに来てから感じていた疑念だった。何かがおかしい。
 かつて九洲にいた当時、九峪の前に数々の困難が押し寄せてきたのと同じように、この世界では北郷の前に次々と難問が湧いているような、そんな気がしたのだ。
 まるでそれは、――よくできた物語のようで。
 九峪は、そこで、考えることを中止した。
 まだ答えを出してはいけない種類の、疑念であるように思えたためだ。
「どうした。頭でも痛いのか?」
「少し、喋りすぎたのかも」
「そうか。なら眠ると言い。幸いにも、まだ夜中だ」
「なら、……お言葉に甘えて、先に眠らせてもらうかな」
 そこで九峪はひとまず思考を止めた。


 そして、それから一週間ほど経過して。
 公孫賛に九峪、趙雲を含めた一行は、北郷軍の本営へと到着した。
 この訪問は、正式な形で北郷軍と公孫賛軍が同盟を結ぶためのものである。
 その間。一人居残りで留守を任されているのは華雄になる。
 せいぜい鬼の居ぬ間に羽を伸ばさせてもらおう。彼女はそんなことを言っていた。
「よっす」
「ちーす」
 久しぶりの再会に、軽い挨拶を交わす北郷と九峪。
 形式も礼節もあったものじゃなかったが、元が学生の二人にはこれぐらいが気安くて楽だった。
 この瞬間だけはまるで部活の先輩後輩の挨拶のようなものだ。
 そのまま九峪達は会議室へと連れられていく。
 同盟の調印式はすぐに終わった。この時代、強力な地盤を持たない二勢力にとって、お互いの支援はかかせなかったためだ。
 そして直ぐに、議題は次のものへと変わる。
 話に上がったのは魏の動きであった。
「魏についてですが、ついこの前、大陸西方の併合を終えたばかりです。そのため西方の統治が終了するまでは、隙ができるかと思われます」
「つまり、攻めると?」
「幸いにも私たちには、袁との戦いでほぼ損害が出ていません。このまま行けば、大陸を統治しようとする魏とはいずれぶつかることになります。なら、敵はまだ回復しておらず、こちらは体制の整った今のうちに先手を打つべきかと」
「曹操は愛紗にご執心なのもあるしな、まず戦いは避けられないか」
 孔明の説明に、その場にいる北郷軍の一同は頷いた。
「……で、この場でその話をするってことは、俺らにも仕事があるってことだろう。何だ?」
「話が早くて、助かります。そちらの内情は理解しているつもりですが、相手が曹魏である以上は力が必要なのです。兵と兵糧に関して助力をお願いしたいと」
 孔明の言葉に、九峪はちらりと公孫賛を見た。
 視線が合わされば、頷きが返ってくる。
「了解。というよりも、ある程度は予想していたんでね。選別についても済ませてある。一応、星に率いてもらうつもりだった」
「具体的にはどれほど」
「それについては、後で詳細な数と兵種についてそちらに情報を届けるから。もし問題があるようなら、あらためて連絡をくれ。明後日までは、俺達もここにいる」
「わかりました」
 孔明が頷くと、そのまま関羽は戦の開始を進言した。
 だが、そこを趙雲が情報が足りないと諌める。最低限、魏の情報について調べる時間は持つべきだというのが、趙雲の意見であった。
 もっともな意見であるため、多くの者がその意見に賛同する。
 そして、その場は結局、今後の目標を魏とすることを前提にして、準備を進めていくということで結論を得た。


 そして会議があった日の夜。九峪と北郷はまた二人だけで会っていた。
 九峪には少し、話したいことがあったためだ。
「で、何かあったんですか?」
「ああ、ちょっと思うところあったというか。一先ず白装束の連中について新しい情報は入ったか?」
「いいや、まるで。先輩はどうです?」
「俺も駄目だ。最近鬼のように忙しかったから、そっち方面に手を出せなかった」
「なら当分は相手の出方を窺うしかなさそうですね」
「だな」
 九峪は軽く一杯、酒をあおった。
 北郷もつられて酒に口をつける。
「ところで北郷。少し聞きたいんだけど」
「何ですか?」
「お前この世界っておかしいと思わないか?」
「そりゃ、武将がみんな女でおかしいとは思いますけど」
 九峪が何を言わんとしているのか、いまいち要領を得ないように北郷は首をかしげた。
「いや、そういうことじゃなくて、展開がだよ」
「展開?」
「そう。おかしいだろ。昼の会議。何でこの状況で魏とぶつかるんだ。しかも言い出したのは知謀の軍師、孔明ちゃんだ」
「ちょっと性急すぎるってことですか?」
「ああ。本当なら三国志はここから何十年も小競り合いを続けて、ゆるやかに進行していくはずだろ」
「確かに、そうでしたね。袁も、いや、董卓との戦いについても早かったような」
 北郷が、ふと思いついたようにそんな言葉を告げれば、九峪は静かに頷いた。
「俺もそう思った。まるで結末を急ぐように、この世界は進んでいる。そのことには気づいておいた方がいい。何が起こるか、分からないにしても」
「もしかしたら、進行が速まってるのに白装束の奴らが関係してるんですかね」
「それはまだ分からない。けど、おかしなことが起こってるってことを北郷と確認しておいた方がいいと思ってさ」
 九峪はそこで酒を一気に飲み干した。かたん、と杯を机に置く。
「まあ、言いたいことはそれだけだ。こんな夜中にお前の部屋にいることを、関羽ちゃんに見つかったら怖いから、俺もう行くな」
「あ、はい」
「じゃあな」
 そのまま九峪は北郷の部屋を出て行った。幸いなことに、関羽とニアミスすることはなかった。
 良かった良かったと胸をなでおろせば、廊下の曲がり角で人に見つかった。
 というよりも待ち伏せされていたようだ。
「何を話していたのだ?」
「天について」
「なるほど。何か面白いことは聞けたのか?」
「全然。実はこっちに期待してたんだけど、音沙汰なしだ」
「ふむ。そうか」
 九峪はそのまま、横の人物と肩を並べて廊下を歩いて行った。
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