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 生まれた時より地位に恵まれ容姿に優れ、人々を傅かせる存在として生きてきた袁紹にとって先の戦での大敗は衝撃であった。
 夜襲による焼き打ち。休む暇も与えぬ追撃。妨害工作。意地の悪いとしか思えぬ作戦のオンパレードだ。
 袁紹にとっての戦とは、大軍をもって小軍を撃破するものであるため、その戦い方にはことさら嫌悪感がわいた。
 数では明らかに劣る、しかも格下の軍隊(と袁紹が判断している)に負けてしまったのだから、その怒りは表現しがたい。
 まず無能な自軍の兵士をなじり、そして次に当然敵を心中に散々で罵った。
 その様子たるや酷いものであったらしい。ヒステリーなどという言葉では収まらない。
 そして怒りにまかせて袁紹は反撃にすぐさま打って出ることを決定した。
「猪々子さん、斗詩さん。すぐに準備なさい! 補給を終わらせたらすぐに打ってでますわよ!」
「……えーっ!?」
「え、ひ、姫それ本気ぃ!?」
「私は本気です。ただの地方領主に、格式高い袁がこけにされて黙っていられるわけがないでしょう!」
「けど、あっちは罠とか仕掛けに仕掛けてるみたいだから、危ないって」
「そ、そうですよ……はぁ」
「罠など数で圧倒すればどうにかなります!」
「そんなこと言っても、兵士も休憩が足りてないからいいように動けないし――」
「この程度で弱音を上げるような兵などいりません!」
 激高してぶちきれモードの袁紹は部下の進言にもまるで聞く耳を持たなかった。
 出ると言ったら出る。
 再侵攻を開始すると言ったら開始する。
 そう決めてしまったら、梃子でも動かない頭の固さに、ついには部下の二人が先に白旗を上げた。
 そうするしかなかった。
「……はいはい。分かりましたけど、どうなっても知りませんよ?」
 渋々と顔良は部下に命じて再出撃の準備を終えさせる。
 これまで散々に走り回らせた部下を、またすぐに戦場に引き戻すことは心苦しかったが、それでも従わないわけにはいかない。
 常識的に間違った判断だとしてもだ。
 兵士とはそういうものであるのだから。
 そんな駄々っ子のようなトップの命令のもとに、準備も完了しないままに袁紹軍は再侵攻を開始するはめになる。
 兵の疲労も大きく、完全に兵糧なども補給していなかったままの突撃。
 まるで定石を無視した自殺行為とも言える。
 だが、この馬鹿すぎる判断が思ってもいなかった成果をもたらすことになる。
 実は袁紹軍は把握していなかったが、先の妨害工作の連続で九峪達の部隊もかなり消耗していたのだ。
 人的損害こそ少ないものの、兵の疲労は著しく、再侵攻をかけてきた袁紹軍を抑えられるような力は残っていない。
 せいぜいが遠くから邪魔をしてやるぐらいしかできそうになかった。
 袁紹軍が補給と休憩を終えるまでに一週間は必要だと常識的な判断を下し、それに対応するように自軍の兵を動かしていた九峪にとってはまさに青天の霹靂であった。
 まさか、そこまで馬鹿だったとは。
 相手の斜め上の行動に歯軋りした時にはもう、遅い。
 常識にとらわれて相手の対応を見誤ったのが手痛いしっぺ返しとなって帰ってくる。
 こうなっては破壊工作活動も不可能。
 急ぎ九峪は本営へと戻って対応策を練らなければならなくなったのだ。
 

「……それで袁紹軍ですか、直進して、まっすぐにこちらまで向かってきているようです。砦にも村にも目もくれず、ただただこちらの首を狙ってきていると」
「到着するまでにはどれぐらいかかりそうだ?」
「あの進軍速度なら、少なくとも三日以内でたどり着きそうですね。まるで突貫してくるような異様な速度で、兵隊が続々倒れていっていても完全に無視。常軌を逸しています」
「……そうか。盲点だったな。なまじ損害を与えただけに、なりふり構わず力技一辺倒で攻めてきたのか」
「すいません。俺が読み間違えました」
「九峪のせいじゃない。むしろお前は良くやったよ」
 頭を下げる九峪に、公孫賛は首を横に振って、その苦労をねぎらった。
 現在の九峪はぼろぼろの様相である。
 袁紹軍の様子の変化を見て取った後、一目散に本営へと戻り、そして着の身着のままで軍議に顔を出していた。
 その汚れた様相を見れば、九峪の焦りようがよく分かるだろう。
「しかも兵士達を極限状態に追い込んでいるから、背水の陣でもひいているようなものです。短期で攻め落とせなければ、自分たちの負けだと分かっているだけに、袁紹軍の兵士はいつにない士気の高さを維持している様子だとか」
「間違いなく指揮官は何も考えずに感情で命令を下したのだろうが、よく転んだものだな。まるで天にでも愛されているようだ」
「日ごろの行いの悪さで言ったら、あそこが優遇されるはずないんだけどな」
「まったくだ」
 苦虫をかみつぶしたような表情で、公孫賛軍の武将は対策について考える。
「援軍をよこすと約束した北郷軍が到着するのも、約四日後か。二日近い間、しのぎ切らなければならないとは」
「数の差を考えるとまだ不利だな。それに馬鹿な命令で追い詰められて死兵となっている袁紹軍の兵士達も怖い。ただの防衛戦だと思えば、食われるやもしれんな」
「……ああ。そうだろうな。どうにか相手の士気を落としてやりたいものだけど、あっちも警戒していて中々上手くいかない。夜討朝駆けへの備えは数に任せて過剰なぐらいやっているし、毎日野営だからこの前のような焼き討ちもできない。警備の数を増やして、野営の連続で何人も兵が潰れていっても無視して方法を変えてこないのが特に厄介だ」
 現在、九峪の頭を悩ませているのは袁紹の頭の固さだった。
 とにかく力押しである。何でもかんでも数に任せる。
 部下に過酷な仕事を押し付ける。それで兵がばたばたと倒れて行ったとしても、眉さえ動かさない。
 そんな非人道的な命令を下すものだから、兵は命を握られているようなもので、死ぬ気で戦うしかない。
 仮にこの戦いで勝ったとしても、もう次の戦いに参加してくれるものなどいなくなってしまうだろう。
 袁紹が取ったのはそんな愚策だ。だが今回だけの戦いにだけ絞って言えば、この判断は正しかった。
 袁紹が自分でこの結果を予期していなかったとしても。
 結果として少数の防衛など意味をなさず、袁紹軍は破竹の勢いで公孫賛軍本陣へと迫っていくことになったのだった。
 軍略に通じていた九峪と、まったく軍略など考えない袁紹。
 今二人が迎えた結果は、理屈だけでは戦争はうまく運ばないということを如実に示している。
「ならばどうする」
「一先ず、迎え撃つしかないだろう。日に日に兵数が少なくなっているとは言っても、俺達からすれば大軍。総力戦で、ぶつかるしか手はない。最高で二日戦い続けて、北郷軍の援護が来るまで持ちこたえられるかが勝負だな」
「二日か。けして長い時間ではないが、今の袁紹軍がたやすく止まってくれるかは難しいところだな」
「だけど止めるしかない。小手先の技を出せる時期は、残念だけど逸した」
 ここに至って、公孫賛軍も真正面から袁紹軍を迎え撃つことを決定した。
 なるべく自軍が有利に戦える場所、時間帯の選定へと移る。
 相手は日が経つにつれて無茶な進軍により弱まるために、本陣のすぐ近く。時間帯は集中力が途切れるだろう朝方が選ばれた。
 ちなみに地理的にも、北郷軍が真っ先に駆けつけやすい場所となっている。
「――とにかく、今日の話はこれで終わりだ。九峪に華雄は特に体を休めて、戦いに備えてくれ。以上」
 慌ただしく始まった軍議は、公孫賛のその言葉をもって打ち切られたのだった。


「……なあ九峪」
「何ですか?」
 そして、それから少し時間が経ってから。体を洗ってから即座に眠りに就こうとしていた九峪のもとへと公孫賛がやってきた。
 九峪は何の用かは分からなかったが、直属の上司であるために公孫賛を自室へと招き入れたのだった。
「お前さ、よくやってくれてるよ。本当に。最初はただの流れ者って感じだったくせに、どんどん頼りになっていって。今じゃあ私よりもうちに必要な人材になって」
「何ですか、いきなりそんなこと言いだして」
「いや、落ち込むなよって言いたかったんだ。お前が何か失敗したっていうか、読み間違えるなんて初めて見たし、さっきの話の時にも後悔してそうだったから」
 しどろもどろになりながら、九峪を慰めようとする公孫賛。
 その姿を見て九峪は眉根を寄せた。
「俺、そんなに表情に出してましたか?」
「そこまで出てなかったけど、いつもはもっと余裕あるっていうか、不真面目な顔してるだろ、お前」
「んー。そうですか。自分ではそんなに出してないつもりだったんですけど。てことは自分でも知らないうちに、ってことですかね」
「気づいてなかったのか?」
「はい。まあ作戦失敗したのなんて、これが初めてでもないですし、というか昔は失敗してばかりでしたから」
 九峪はそこで少しだけ恥ずかしげに笑った。
「そっか。昔はお前でも失敗ばっかだったのか」
「そりゃあもう。仲間に尻たたかれて説教されて、傍付きの護衛には怒られて、良いとこなしでしたよ」
「ほー。なあ聞いてもいいか?」
「何をです?」
「やっぱりお前、どこかの国を治めてたのか? 傍控え護衛がいるってことは結構な身分だったんだろ?」
「あ……。あー、そうですねー」
 と、そこで九峪は自らの失敗に気がついた。普段は過去のことは喋らないようにしているのに、ぽろぽろと本当のことを語りすぎた。
 やはり疲労が濃いことに加えて、策が裏目に出たことに動揺しているのかもしれない。
「喋りたくないなら、喋らなくてもいいからな。過去がどんなのだろうと、お前はうちの人間なんだ」
「ははは、そいつは有難い言葉をどうも。……ただそうですね。少し話しましょうか」
 公孫賛の言葉に、少しだけ九峪は昔のことを語る気になった。
 疲れているので寝台に寝そべったまま、目を閉じながら過去を回想する。
 そして当たり障りのないところだけを話していった。
 仲間とともに九洲で戦った日々のことを、多少の脚色を交えながら。
 座る場所がないために、九峪の寝台に腰かけている公孫賛はじっとその話を聞いていた。
「そうか。国の名前は分からないけど、お前はどこかの国を一から再建したのか。道理で国政に精通してるはずだよー」
「つってもほぼ周囲からの受け売りですけどね」
「謙遜するなって。私よりもお前の方がやっぱり、国を操るのには慣れてるさ。今日はその理由が分かって良かった」
 公孫賛はそう答えると黙り込んだ。
 九峪は半分眠りにつきかけていたために、何も言葉を発しない。というか今にも眠りにつきそうだった。
 そんな時、ふさりと髪に手が乗せられる。
「あのなあ、九峪。お前これからどうするんだ?」
「これからって、どういうことですか?」
「この戦いが終わってからのことだ」
「もう勝つつもりなんですか? 気が早い」
「そんなことないさ。私達が負けるはずがない。そうだよな? だから次のことを考えてもいいんだ」
 公孫賛は寝台に寝そべる九峪の頭をなでた。特にどういう意図があったのかは分からない。
 が、疲れた九峪は気持ちがよかったのでされるがままに任せた。快い睡魔が波となって押し寄せてくる。
「まあ、そうですね。どうしよっかな。とりあえず平和になるまではここにいるつもりですけど」
「なら平和になったらどこにいくんだ?」
「そうですね……」
 故郷の日本へと変える方法を探したいと九峪は言いかけたが、堪えた。
 日本のことは北郷以外の誰にも言うつもりはなかった。混乱が生じるだろうし、そもそも理解されるとは思わない。
 その逡巡をどう考えたのか、公孫賛は言葉を続けた。
「なあ、特に行くあてがないならここに永住しちまわないか? いいところだよ、ここも」
「そりゃ知ってますけど」
「だろ? それに前も言ったけど、この地方の指導者になってくれよ。私は今回の戦いでも思い知らされたけど、才能が欠けてるんだ。その点、お前ならきっとうまくやってくれる気がする」
「……俺は完璧に物事を進めたりできませんよ。神様じゃないんだから」
「知ってるよ。だけどお前が失敗したとしても、それなら皆、きっと受け入れられると思う」
 もちろん私もだ。そう呟きながら九峪の頭を公孫賛は撫で続けた。
 くあぁと九峪が小さく欠伸をする。
「眠いのか? 邪魔だったら私、部屋出るけど」
「いや、あとちょっとだけならだいじょぶです」
「そっか。で、さっきの話どうだよ」
「残念だけど、どこの馬の骨とも知れない人間が頭になるのは問題があるんじゃないですか?」
 そう九峪は意味もなく、足をばたつかせながら答えた。本人は特に意図もなく答えた、適当な言葉なのだろう。
 だが公孫賛はその言葉を聞いた瞬間にぴたりと動きを止めた。
 九峪の頭を撫でていた手も止まる。
 九峪は目を開いた。寝台に腰かける公孫賛の横顔を眺める。
「……どうかしました?」
「あの、あのなっ。そういう問題だったらいい解決方法あるんだ」
 頬をかあっと赤らめながら、歯切れ悪く公孫賛は語り始めた。
「血筋の問題を言ってるなら、うん。良い方法で。ていうか私も最近まで気づかなくて、部下に言われて気づいたんだけど」
 そう前置きした後に、公孫賛は言葉を止めた。
 一回深呼吸してから、九峪の顔を見る。が、すぐに背けてから、また深い呼吸を繰り返した。
 半分眠っている九峪は、ぼうっとした頭でその姿だけを眺めていた。
「よしっ言うぞ」
 覚悟を決めたのか公孫賛が、九峪を正面から見据えてきた。
 何とはなしに九峪は公孫賛の髪飾りを外してみたいと考えた。ただの気まぐれである。
 公孫賛は顔をゆでダコのように赤く染めながらも、意を決したのか、言葉を発した。
「あのなっ、もしもお前が良かったら、そう良かったらの話なんだが、もしももしももしも良かったら私と――」
「おい九峪。生還祝いだ、一杯やろう」
「酒を持ってきたぞ。景気付けだ」
 そして突然、部屋を襲撃するKYシスターズこと趙雲さんと華雄さん。
 その出現に公孫賛は動きを止めた。石化する。それは完璧なまでに凶悪なタイミングであった。
「な、なぁっ、何でお前ら!」
「おや、公孫賛殿。このような所で何を?」
「い、いやちょっと九峪と話をしてて」
「そうですか。なら一杯ご一緒しますか? 九峪達工作隊が無事に帰ってきたことと、そうですな、袁紹達を倒す前祝いということで」
「それはいいけど、いいけどっ!」
「なら準備をしましょう。おい九峪起きろ。つれないぞ」
 ガスガスと頭を小突いて、眠りかかっていた九峪を揺さぶり起こす趙雲。
 その傍若無人さはまさしく豪の者であった。誰も止められない。軍師も領主も知ったこっちゃないと言わんばかりだ。
「あー、何だよ。ったく。良い感じで寝れそうだったのに」
 そして遂に覚醒してしまう九峪。
 華雄と趙雲が来ては静かにはならないと悟ってしまったのか。寝台から起き上がる。
「ふふふ、残念だったな。公孫賛殿とゆっくり一晩を過ごすことができなくて」
「別にそんなことするつもりじゃなかったつーの。これだから星は。ねえ姉御?」
「……あは、ははは。そうだなそうだ。その通りだ。ははは」
 公孫賛は一大決心をふいにされて放心状態に陥った。
「よし、では乾杯と行こうか」
 杯の用意をしてきた華雄もまた寄ってくる。
 気がつけば九峪の部屋は騒々しくなっていた。
「ほら九峪。お前が音頭を取れ」
「俺が? 始めようとしたお前がやるもんじゃないか?」
「この部屋の主はお前だから、お前がやればいいのだ」
 がやがやと騒いでいるうちに、皆が酒の入った盃を手に持つ。
「そっか。なら俺がやらせてもらうか。――とりあえず、俺達の勝利に向けて、乾杯かな」
「いまいち乗り切れぬ言葉だな」
「もう少しいい言葉があるだろうに」
「……ははは。ははは。かんぱーい」
 そしてチン、とお互いに盃を鳴らす音が部屋の中に響いたのだった。
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