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 そして九峪の予想よりも早く、公孫賛軍は戦乱という業火に巻き込まれることとなった。
 集中的に探らせておいた魏と袁。その内の袁に放った間者が全力で九峪の下へ駆け込んできたのだ。
 報告によれば、何を血迷ったか袁紹は第一標的として、遼西群を選んだらしい。
 今は水面下で攻勢のための準備をしているとか。
「厄介だな……。唯一の救いは相手が馬鹿ってことぐらいか」
「そうだな。袁は大国。こちらが勝ち目のある要素と言えば、相手が馬鹿ということぐらいだ」
「確かに。馬鹿であることを除けば、数も兵の質も袁は決して悪くない」
「馬鹿でなく、鳥の頭ぐらいの知能をあちらが持っていれば、こちらは滅ぶのを待つだけだった」
 軍議のために集まった一同は皆、袁の脅威に顔をしかめるのだった。
 別にみんなして袁紹の頭が悪いととぼしめているわけではない。客観的な見地からの意見である。
 すなわち兵数で大きく劣る公孫軍が勝つためには、相手の馬鹿なトップを利用しなければならない。
 それが今回の戦の方針となっていた。
「では軍師。当面の方針を」
「――では俺の方から説明を。まず大国である袁との戦争になったわけですが、当然、正面からぶつかればこちらが負けます」
「だろうな。数の差が多すぎる。気力ではどうにもならない」
「そこで搦め手を使って、相手の兵力を削ることに最初は徹底したいと思います。幸いにも、董卓軍との戦いの最中に袁紹の軍について調べてみましたが、特に厄介そうな切れ者はいませんでした。顔良、文醜将軍の二枚看板が袁紹軍の売りなどと言われていますが、用兵などを確認した限りそこまでの水準にあるとは思えません。大方、袁紹は同性愛者だから可愛い子というだけで選んだのだろうってのが俺の推測ですね」
「つまり軍略を通した戦いでは負けはしない、と軍師殿は言いたいわけだな?」
「董卓との戦いで見せていたのが全部演技だってんなら話は別ですけど」
「具体的な策はどう打つつもりだ」
 趙雲が静かに尋ねる。九峪はもっともな質問だと頷いた。
「とにかく相手がこの本拠地に来るまで、思いっきり妨害してやる予定かな。まずはこちらは相手の兵糧やら何やらをかき乱して敵の士気を下げる。うまいこと、この前作った砦を袁から軍隊が進行してきたら通ってきそうだしな」
「ほう。あれか」
「そう。あれだ」
 九峪と趙雲。顔を合わせてぐふふふと笑う。
 それは中々に邪悪な笑い方だった。
「後は定石だけど、こちらの中央部まで攻め込ませた後に陣形を縦に伸ばして崩した後に、挟撃で一気に潰す。援軍としては北郷軍が来てくれると思う。使者は出したから、数日中に返答は来るだろう」
「あちらも状況が厳しいだけに、我々の助けには来れない可能性もあるのではないか?」
「そうだな。答えを聞く前に、援軍を策に組み込むのは愚かだと思うが」
「いいや、孔明ちゃんがいるから、間違いなく俺達の援護にくるよ」
「どうしてだ?」
「どうせ袁とあそこはぶつかる運命だ。頭同士が壊滅的に仲が悪いことに加えて、因縁もあるしな。だから北郷軍にとっては戦場をうちの領土にするか、自分たちの領土にするかの違いでしかない。なら誰だって、他人の庭で戦争することを選ぶ。そういう判断ができる子だよ、あそこの軍師殿は」
 それに公孫賛軍は一度、できたばかりの北郷軍を援助した過去もある。
 普通に考えたら、助けを求めれば応じるはずだ。見捨てたりしない。一行で流すなんてもってのほかである。
「でだ。ちょっと軍団編成を考えたわけだが、大きく二つに分ける。居残り組と出張組の二つだな。まず居残り組。当然、死なれたら困る姉御。あと星。そして出張組だけど俺と期待の大型新人華雄だ」
「居残り組というのは何をすればいい?」
「序盤は特になし。じっとここで待ってろ。以上」
「では出張組は?」
「楽しく破壊工作をします。燃やすし騙すし、夜襲もある」
「何だ。どう考えても居残り組よりも楽しそうではないか。ずるいぞ。私も混ぜろ」
 自分が活躍できないのが不満なのか、趙雲は口をとがらせる。
 だが九峪は首を縦に振らなかった。
「ダメ。だって星は華がありすぎるというか派手だからな。地味な工作に向かない。その点、華雄はこういうの得意だろ? 北郷軍を奇襲したりとかしていたし」
「まあそうだな。得意とする分野ではある」
「で、いかんながら俺も人を出し抜いて騙す作戦は大得意であるわけで、俺と華雄が出るしかないわけだ」
 からからと九峪は笑って見せた。
 反論が思いつかないのか、不満そうな表情を見せつつも趙雲は黙り込んだ。
「まあ、そう拗ねるなよ。どうせ俺らの破壊工作だけで袁が潰れてくれる確立なんて万に一つぐらいなんだ。間違いなく総力戦になる。その時に、俺と華雄は力を消耗して役に立たないだろうから、姉御と星に気合いいれてもらわないといけないんだから。言っておくが責任重大だぞ?」
「……ふむ。そういうことか。それなら」
「ああ、頷いておけ。今回も泥臭いところは俺が担当してお膳立ては整えてやるから、十分に活躍すると良い」
「なるほど。お前の言葉なら信用はできそうだ。ひとまずはな」
 とりあえず気難しい趙雲は納得してくれたようだった。
 公孫賛は最初から異論など挟んでいない。仮にもトップが軍師から言われたことに頷き続けるイエスマンだと困るのだが、そうではない。
 彼女は彼女なりに理解して妥当だと思えた時にだけ頷くので、問題はないと判断したのだろう。
「それでいつから動く? 先手を打ったほうがいいような気がするな」
「私も華雄と同意見だ。気を抜いて進軍してくる敵に、最初に打撃を与えておいたほうがいいと思う」
 華雄と公孫賛がそれぞれ意見を主張する。
 だがその言葉に九峪は首を横に振った。
「いや。俺たちからは動きません。あちらが動き始めて攻めてくるのを待ちます」
「では防衛線はどこに構築する?」
「最初は防衛線すら作りません」
「……はあ? どういうことだ?」
「まあ、つまりそれが何より打撃を与えられるってことですよ」
 九峪はにやりと口元を歪めた。
 その笑い方に、仲間であるはずの公孫賛は不意に背筋が寒くなった。
 普段は気のいい兄ちゃんみたいな態度でいるくせに、ふとこんな表情を見せる。公孫賛は九峪のこういった面が少し苦手だった。
 できるなら普段の態度でいてくれるのが気楽でいい。
 ただそんな状態でいられるわけがないことを存分に理解している。
 なんと言っても戦争が始まろうとしているのだから。
 一度、小さく体を身震いさせてから公孫賛は再び九峪の話に聞き入った。


 さて、所変わって袁紹である。
 彼女はご機嫌だった。予想よりも公孫賛軍の警戒が甘い。軍備を整えていたことにも気付かれなかったし、実際に挙兵してから国境に姿を現すまで目立った対応を相手はしてこなかった。
 しかも本営も混乱しているのだろう。砦にいる防衛の人間が増員された様子もなく、大軍を見た瞬間に逃げ出していく始末だ。
 手ごたえすらない完勝だ。
「おーっほっほっほ。これでは戦いにすらなりそうにありませんわね」
「だけどさー、本当にこんなにうまくいっていいのかなあ?」
「良いに決まってますわ。この調子で遼西群を落としたら、曹操さんよりも先に神の遣いとやらの軍を壊滅させるのですから」
 部下の言葉に耳も貸さずに、己の勝利に酔う袁紹。
 頭の中には一ミクロンの疑念だって刻まれていなかった。
 というよりもこの戦いを勝利した後の、次の戦いでの勝利に考えが傾いている
 もはやここまで来ると天然記念物にでも指定されてもおかしくない。そんなゆるい頭をお持ちであった。
「……そうなのかな?」
 疑念も持ちつつも上司の判断に流される文醜。
 そのスタイルも董卓軍との戦いから変わらない。
 このまま袁紹達は連戦連勝を続け、一先ず新しく建てられたらしい新築の砦を強奪してから、休憩をとることを決定したのだった。
 周囲を多くの斥候によって観察されているとも気づくことなく。
 この日の夜。
 袁紹軍は相手を見くびり、警戒を怠ったまま公孫賛軍の懐深くまで攻め入ったことを、自らの血をもって痛感させられることになったのだった。


 軍議の最中に九峪が語った方策を説明すると次のようになる。
 この前、新築した砦にはもしものための素敵機能が満載な造りになっている。例えば防衛に失敗した場合の抜け穴はもちろん。
 砦内の数か所を油をかけることで、あっという間に燃えやすくなる構造など、変態的な設定のオンパレードであった。
 袁紹達が全兵力を伴ってそこで休憩を取ってくれれば、楽しいことになりそうだと九峪は笑った。
 あとはもう全てが九峪の掌の上となった。
 所詮はわざと大敗して退かせ、追撃してくる袁紹との小競り合いにも連戦連敗を続け、相手の判断力を鈍らせる。
 なおかつ戦いの規模をコントロールして、休息を新築の砦で取らせるような行軍速度へと持って行った。
 それは戦場に立たずに九峪の隣にいた華雄からすれば神業のような采配であったらしい。
 というよりも、まったくの疑念を持たずに完璧に策にはまった袁紹が馬鹿であったのか。
 どちらもが起因していたのだろう。
 完璧としかいいようがない状況。望んでいた通りの時間帯。
 袁紹は砦にて兵を休ませることを決定した。
「……今夜、動くのか?」
「まだまだ。たぶん、相手はこちらの攻略の拠点としてあそこを活用するだろう。そうしやすいように作ったんだからな」
「だとすると?」
「必ず今後の戦いのための兵糧を砦に貯め込むはずだ。そこを叩いてこそ、大軍の袁紹軍に打撃を与えられるって寸法だ」
「そうか」
 華雄は九峪の言葉に目をつむった。
 公孫賛軍の本営へと近づき、その首筋に剣を差し向けていると勘違いしている袁紹軍。
 だがしかし、実態としては袁紹軍の背後からもまた小さな刃が喉元をかっ切ろうと動いているのだ。
 武人として、このような戦いには高揚感を覚える。
「ここまで計算していたとしたら、お前は途轍もない男だな」
 そもそも九峪は、この戦いを予期していた部分があった。ただ単に本人は三国志を知っていたから備えていただけなのだが、周囲の人間はそんな回答に気づけるわけもない。
 華雄は目の前の男の深謀遠慮に感服したのだった。
「いやまあ俺もここまでうまくいきそうだとは思っていなかったんだけどな。ふつー、何か疑うだろ。逆にこっちが騙されてるんじゃないかって思える馬鹿さが、あちらの怖いところだな」
 九峪は答えた。
「まあ何にせよ。褒めるのは成功してからにしてくれよ。俺は小物だから調子に乗る」
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