董卓軍の命運は地に落ちていた。何せ所属する武将のほとんどが、先の防衛戦において討ち取られるか捕縛されているのだ。 ならば残る本丸、洛陽はがらんどうでしかない。守ろうとも守るだけの人員がいないはずだった。 唯一気にかかるのが、董卓軍の武将である呂布と華雄が共に証言した白装束の集団という言葉であった。 隔離されているために口裏合わせする暇がなかった二人が、別々の場所で行われた尋問で同じことを口にした。 嘘を付いているとは思えない。 特に呂布は口でさかしいことを考えるような種類の人間には見えないために、尚更だ。 行く先に何が待つのか不安に思いながらも、九峪は董卓がいるという城内へと軍を率いて突入した。 とは言っても今回は負傷しているためにトップである公孫賛と一緒に後方で仲良く待機である。 先遣隊からの報告を待ち、相手の出方を考えるだけ。楽な仕事であった。 そしてしばらくすれば、報告が返ってくる。 「……董卓がいないだと?」 城内のどこを探しても、首領であるはずの董卓の姿がないということだったのだ。というよりも城内どころか洛陽では人の姿さえ疎らであった。 これは異様な事態だ。 想定していなかったし、そもそも原因自体が分からない。 「人が消えるって、んなこと聞いたことありますか?」 「うーん。私も学があるわけじゃないから分からないけど、そんなんあり得ないだろ。常識的に考えて」 「ですよねー」 後方でまったりモード全開の九峪と公孫賛は二人一緒に首をひねるのだった。 (ここに来て、ようやくファンタジーっぽいことが出てきたってことは、これがこの世界の根幹に関わっているってことか?) 横にいる公孫賛と一緒に悩むふりをしながら、世界自体について考察する九峪。 このあたりから九峪が知る正史と、現状のずれが大きくなってきている。つまりそこに何らかのファクターが存在しているのは間違いない。 九峪はじっと黙り込んで考えた。 だが、情報がまだ足りない。 言い知れぬ気味の悪さを感じながらも、そこで九峪はひとまず思考を打ち切った。 そしてそれから洛陽の捜索は進み、結局誰も董卓の姿を見つけることは出来なかった。 「で、さっき紹介してくれたメイド何よ」 「あ、えっと、その……」 洛陽が落ち、本格的に反董卓連合の勝利が決定した後。 また九峪と北郷は二人だけで会って話をしていた。そこで直ぐに話題に上がったのは北郷が連れていた二人のメイド。 メイドである。なぜか洛陽攻略が終わると北郷はメイド二人を侍女としていた。 この時代にメイドが存在することがおかしいというか、九峪は北郷を微妙な眼差しで見つめてしまうことになった。 「あのな、おい。俺も男だから気持ちは分かるよ。しかもお前のまわり可愛い子揃いだもんな。そりゃ欲望もろもろ溜まるってもんだ。俺も経験あるから分かるよ」 「え、ちょ先輩、勘違いしてませんか?」 「いいから黙って聞け。――でもな男にはやっちゃいけないことがあると思うんだよ。分かるな?」 「いやそれぐらい分かりますけど。先輩こそ何を考えて」 「いいか北郷。ロリコンまでなら許す。だがそこにコスチュームプレイを加えて堂々と楽しむのは犯罪だ。分かるな? お天道様は見てるんだ」 九峪は北郷の肩をぽんと優しく叩いた。 まるで犯罪を犯した弟をいつくしむような暖かい視線に、北郷は盛大に慌てた。 「ちょ、ちょっと違いますって!」 「だったら何だあの破廉恥な真似はこの野郎! 権力使ってあんな小さい子を辱めて恥を知れ!」 「俺まだ何も手ぇ出してませんって!」 「だったらこれから出すのかペドフィリア! 目を覚ませ!」 うろたえる北郷の襟をつかんで、九峪は吠えた。 その瞳からははらはらと涙が零れ落ちていた。男が友を思う、熱い涙であった。 北郷は違う意味で泣いた。 「なに勘違いしてるんですか――」 「ええい北郷あくまで白を切るつもりか! こうなったらあの子たちの親を俺に紹介しろ! 先輩の務めとして謝罪に行ってくる!」 「いや分かりました隠していてすいません! 全部話しますから、戻ってきてください先輩!!」 ますますヒートアップしていく九峪を、北郷は必死になって抑えつけるのだった。 そして北郷は少しばかり落ち着いた九峪に語り始めた。 侍女にしたメイド二人は董卓と、その軍師であるということ。 董卓は脅されていた傀儡にすぎないとはいえ、ここまでことが大きくなった以上は殺されてしまう。 そのことを不憫に思った北郷が、二人を匿うことにしたこと。 一番ばれにくい方法として、自分の侍女にすることが得策だと思ったらしい。 「んだよ。最初からそういえばこっちも変な思い違いしなくてすんだのに」 「すいません。ただ、情報を隠さなきゃいけないからって口止めされていて」 「……ああ、そゆことか。それ言ったのずばり関羽だろ?」 「え? よく分かりましたね、先輩」 「そりゃ分るよ」 九峪はふー、と息を吐いた。つまりは関羽の独占欲が一因になっているということか。 それは一先ずどうでもいい。問題は別にある。 「まあそれよか白装束の連中だな、問題は。お前だけを狙ってきた、お前だけの敵。つまり間違いなく、そいつらこのみょうちくりんな世界に関係してると見て間違いない」 「やっぱりそう思いますか?」 「それ以外ないって。多分、お前がここに来ることになった、鏡を盗んでた奴も後ろにいそうな気がするな」 「それは、俺もそんな気がします」 北郷はこくりと頷いた。 「だとすると、気合い入れろよ。ここからが正念場だからな。今まで隠れてた奴らが、顔を出してきたんだ。色々と問い詰めるチャンスだし、逆に何か手を打たれる危険も出てきた」 「そうですね」 「取り敢えず、何かあったら呼んでくれ。俺はまだ公孫軍にいるから、お前らが白装束の連中に襲われてたら助けに行けるように、何とか公孫賛の姉御を説得してみるから」 「はい。俺もそっちに何かあったら助けに行きますから」 「おっ、ついこの前まで学生だったくせに、嬉しいこと言ってくれるな」 北郷の言葉に笑って、九峪はがしがしと北郷の頭を撫でつける。 嫌がったのか北郷はそれをよけようとした。が、しょせんは学生の体さばきなので逃げられずに捕まってしまう。 北郷は悔しそうな声を上げた。 「まあ、いいか。ともかく死ぬなよ。日本人が一人だけってのは、きっと寂しくなるだろうからな」 九峪はひらひらと手を振りながら、そこから離れていった。 |