「呼ばれて飛び出てじゃじゃーん。みんなの友達、九峪君だよー」 呂布との戦いが終わり、折れた右腕の処置を終えてから数日後。 九峪が向かったのは拘束された華雄の下だった。 「……脳は、大丈夫なのか?」 「ああ。まだまだ俺はいけるから気にするな」 氷点下のまなざしを向けてくる相手を九峪は受け流す。 先日に死にかけたばかりなので、テンションが微妙なことになっていた。 「で、軽いつかみは置いておいて。約束果たしたぜ。今度はそっちが喋ってもらおうか」 「……何だと?」 「呂布と一戦やってきたって言ってるんだよ。本当は約束のことなんて無視して逃げ回るつもりだったんだけどな。あちらが予想以上に暴れるから手合わせ願うことになった」 というか趙雲さえ特攻しなければ、九峪は傍観を決め込むつもりだったのだが。 「生き残ったというのか?」 「ああ。とは言っても、俺も含めた四人がかりだったけどな」 「数など問題ではない。お前程度が、奴を前にして生き残るとは」 華雄はそこで言葉を止めて九峪の右腕を見た。 「負傷したのは右腕一本にしても信じられん」 「だけど事実だ」 「……だろうな。嘘を言っているようには見えない。そもそも呂布が存命なら、お前達が戻ってくることなどはない」 華雄はそこで一度黙り込んだ。 九峪はその姿を眺め、空いた左手をぶらぶらさせる。 沈黙は少しばかりの時間だった。 「良いだろう。実力か天運かは分からないが、約束は約束だ。話してやろう」 「あらまた、それはありがとう」 「ただし、これはお前達が信じている情報とはまるで異なる。それを踏まえて聞くんだな」 そして華雄はぽつりぽつりと話し始めた。 悪逆非道の奸臣と呼ばれている董卓が、実は傀儡でしかないこと。 それを操る白装束の集団がいること。 この戦いはそもそも、何らかの思惑があって計画的に起こされたこと。 それらのことを一つ一つ話していった。それは九峪が知る史実とはまるで違う話だ。 一旦聞いただけでは信じがたいが、それでも嘘だと判断を下すのは時期尚早だ。 情報が足りない。九峪は北郷軍が捕らえた呂布の尋問が終了するまで、この情報への判断を保留することにした。 「何だ。やはり信じられなかったか?」 「いや、迷ってるのが正直なところだな。俺もこの戦いは、そもそも違和感を感じていた」 正確にはこの世界についてであるのだが、そこまで口にはしない。 ともかく、と言って九峪は言葉を続けた。話を打ち切る。 「呂布も捕らえられて、今、話を聞いているところだ。尋問がうまくいくかは時の運だけど、まったく同じ話を呂布がしてきたら、八割方は信じないといけないような気がするけどな。――だからそれまで、この話の判断はしない」 「そうか」 「ところで華雄、あんたこれからどうする?」 「……どうする、とはどういう意味だ? 私の命運を握っているのはそちらだろう」 「いやな、寝返らないかって話。お仲間の張遼は魏に与した。そして楽しいことに、呂布は北郷軍に所属しそうな流れらしい。生き残ったそちらの武将はあんたを除いて、全員鞍替えしてるわけだ。そして何と素晴らしいことに、我が公孫賛軍は常時武将不足に悩まされております」 どうでもいい話だが、武将不足は公孫賛軍の軍師を務めることになった九峪にとって悩みの種である。 最近の九峪の疲労の三割ぐらいはそれに関係がある。役に立つ武将がいないから、軍師である九峪まで戦場で前線付近まで出ることになっているのだ。 華雄は九峪の言葉に、悩むように黙り込んだ。 「俺らとしては華雄、あんたが欲しい。指揮も判断も、武将個人としての力も魅力的だ。平均的だが、能力に穴がない。正直なところ、俺は呂布や張遼といった偏った方面に突出した武将よりも、あんたを評価している」 「敗戦の将にすぎた評価だな」 「即答はできないか?」 「……時間をくれ」 華雄は絞り出すように言葉を発した。ついに呂布が敗れたことで、敗北を実感したということか。 もう諦観したような表情が見え隠れしている。 「まあ当然だろうな。分かったよ。よく考えてみりゃ、即決できる他の二人の方がおかしいかもしれない。今度、董卓の本拠地を潰してきたら、また顔を出す。それまでに答えを考えておいてくれ」 九峪はそこで説得を諦めた。 本当に今は武将不足なので、能力がある人材は喉から手が出るほど欲しかったのだが。無理やりやっても意味はない。 自分からこちらに所属すると思わせなければ、戦力にはならない。 九峪はそのまま退室した。 そして警護兵に華雄の待遇を、客将扱いにすることを命じてから、その場を離れた。 華雄との話の後。 公孫賛軍の本陣に戻ると、何か知らない小さな少女がいた。金髪ツインドリル。 よく見たら曹操だった。魏の大将である。 そんな相手が趙雲に何かを話しかけている。 公孫賛は、その様子をどこかハブられながら見ているだけだ。 「姉御。何すか、この状況」 「引き抜きだってよ。何でも曹操が趙雲を気に入ったらしい。私の目の前で、堂々と勧誘してくれちゃっててさ」 「いや、そこは姉御止めないと」 「けどあいつ、本格的にうちに所属しているわけじゃないし、客将だから口を出していいのかも」 「そりゃそうだけど、星がいなくなったら、うちの攻撃力激減しますって。ただでさえ俺が怪我して前線に出られないのに」 そこで状況を判断した九峪は、すぐさま会話に割って入ることにした。 「これはこれは曹操殿。このような所に何の御用で――」 「話しかけないで、ブ男」 一言で切って捨てられた。曹操はちなみにガチレズであり、男を嫌っている。 だから九峪は曹操の言葉に従うことにした。 「よし星。単刀直入に言うが、お前はうちから離れるな。困る」 曹操に話しかけずに、そのまま趙雲に言葉をかける。 「ちょっと何を横から話をしてくれてるのよ」 「すいません。曹操殿には話しかけたらいけないので、答えられません。話しかけないでもらえますか? ――それで星。もちろんお前、うちにいるよな」 九峪、必殺のガン無視である。相手の言葉を逆手に取って話しかけられても、話しかけない。 「何だ九峪。お前は私にここにいて欲しいのか?」 にやりと、実に楽しそうな表情で趙雲は反応した。 「おう。お前いなくなったら困るって。戦力激減に士気低下。悪いことしかない」 「それだけか?」 「え、それだけって? どういう意味だ」 九峪がまの抜けた言葉を発すると、趙雲は途端に眉をしかめた。慌てる九峪。 「いやいやいや、本当に必要なんだって。ほら、えーと戦場で華が失われるのはまずいだろ。星みたいな美人がいなくなることによる損害は兵士にとって甚大であり」 「それだけ、か?」 もう一声と、言われたような気がして九峪はさらに褒め殺すことにした。 これでも九洲では十人近いフラグを立てて、豪快に投げ捨てたフラグブレイカーである。 本気になれば女の一人を誉めることぐらい、なんとやらである。……多分。 「いやだってほら、俺、お前がいないとダメなんだって」 「何だそれは。まるで愛の告白だな」 情けない奴め、と趙雲は笑った。 「そうそう。愛してる愛してる。結婚してほしい。だから行くなよ」 九峪はもうダメダメであった。 「……ちょっとブ男。さっきから黙っていれば。こちらの話を邪魔しないでもらえない?」 「そもそも友軍の将の引き抜きなんて問題行動起こしてる相手に言われたくないんですけどね」 「何ですって?」 「言ったとおりだから、自重しろよ」 そして平行して勃発する九峪対曹操の口論バトル。忍耐強い九峪も、袁紹に続いた友軍のトップが面倒事を作ってくれたので切れかけていた。 それはお前らどこまで常識ないんだ、というベクトルの怒りであった。 が、その表情を見て趙雲は満足げに頷いた。違う方向に解釈したのかもしれない。 「ほうほう。お前が人前で怒るのは珍しいな。――それで曹操殿。お言葉ですが、申し出は謹んでお断りいたします。どうやら、この男は気に食わないようですし、私もそちらへ進んで鞍替えする理由がない」 「この場所よりも、魏に来た方が武将として活躍できるというのに?」 「はは、それはどうでしょうな。大国にいるよりも、もしかしたらこちらの方が名を売れるかもしれません」 からからと趙雲は笑った。そこからはもう曹操の言葉には耳も貸さない。 曹操はその様子から、もはや脈なしと見たのか、ため息をついた。 「まさか私が二人続けて勧誘に失敗するなんて」 「ほう。私の前にも勧誘を。ちなみに誰です?」 「北郷軍の関羽よ。戦場で戦う姿が美しいと思ったら、もう気がついたら引き抜こうとしていたわ」 「ははは、ですが関羽殿では話すらしてもらえなかったでしょう。彼女は忠義の塊。自らが定めた主と死別したとて離れるとは思えませぬ」 「そうね。でも私はまだ諦めていないわよ。あなたも含めて、ね」 最後に曹操は名残惜しそうにそう告げると、趙雲から離れた。 「貴方のことも忘れないわ、ブ男」 そして憎々しげに九峪に一瞥をくれる。 九峪は面倒になったので、無視した。 「あー、ところで姉御。損耗した隊の入れ替えなんですけど――」 「無視してるんじゃないわよ!」 「……話しかけないでもらえますか?」 「ぐ、むむ。このことはよーっく覚えておくわ」 シカトし続ける九峪にぶち切れた曹操は、ぷんすかと怒りも露に公孫賛軍の本陣から出て行った。 天幕から出て行く途中、曹操の護衛の眼帯をつけた女から列火のごとき視線を受けたが、九峪はそれさえも流した。 ちょーめんどくさかったのだ。 この男も珍しいことに疲労が溜まって対応がおろそかになっている。先に死線を潜り抜けたばかりなので当然だが。 「いつになく不機嫌だな、九峪」 そんな九峪の顔を正面から趙雲が覗き込む。 「あーもう腕折れるし、味方は馬鹿が多いし大変なんだよ」 「そういうことにしておいてやろう」 そして満足げににやりと笑う。 趙雲が何を言いたいのかは分からなかったが、九峪は相手をするのがめんどうだったので、にやりと笑い返してやった。 「まあ、そういうことなんだよ。実はな」 |