九峪は万難辛苦を乗り越えて、遂に九洲の復興を成し遂げた。三年もの実に長い時間が必要だった。
 思い返せば、様々な苦労があったが、それと同じくらい大切な経験を持つこともできた。
 その記憶を胸にして、九峪は現代へと帰ることを選択した。
 ぶっちゃけて誰ともフラグが立っていなかったのである。
 光の御柱に包まれて、帰る際に九峪はどこか寂しい気分に陥った。不便で過酷な土地であったけれど、九洲にもやはり愛着が残っていたためだ。
 過去を思い返し、目をつむりながら現代への帰還を待つ。
 気がつけば、ほろりと九峪の眦から涙が零れ落ちた。
(ああ……色々思うところはあったけれど、こんなにも別れたくない人と会えたのは初めてだったかもしれないな)
 そう思っていると、光に包まれていた体がすとんと地面に降り立った感覚がした。
 現代へと帰ってこれたのだろう。
 そう考えた九峪はこれからまた学生としての生活が始められると思いながら、目を開いた。
 そして絶叫することになる。
「ていうか、ここ何処だよ!」
 九峪の目の前に広がっていたのは、九洲に勝るとも劣らぬ未開の地であったのだった。


「……よし分かった。鏡の馬鹿がミスったんだな。ここどう見ても日本じゃなくて、九洲と同じパラレルな過去だっての。しかも遠くから見える街とか、道の整備のされ方とか、明らかに千年以上昔の時代だ。どっちかっていうと大陸系に近いな」
 そして異世界に飛ばされることに慣れている元、神の遣いは迅速に状況を理解し始めた。
 近くを歩きまわって道を探し、街の姿を見つけた九峪は、自分が現代に戻ってこれなかったことを悟った。
 文化レベルは九洲と似たり寄ったりであるが、服装などの細かい点が九洲とは異なる。
 九峪が知らないということは倭国ではないということであり、鏡たちがいた世界ではないということになる。
 そこまでを凄まじい思い切りの良さで九峪は認めた。
 ちょっぴり泣きたかったけれど、そこは我慢した。だって神の遣いだもん。
「しょうがないから情報でも集めるか」
 今度の異世界迷い込みは情報アドバイザー的な鏡さえいない。
 だからこうなると何をしていいのか分からない。自分で動くしかない。
 幸いなことに元は虚弱な高校生であった九峪は、三年間の九洲での生活で不必要なほどに鍛えられていた。
 肉体、精神ともに未開の地に一人取り残されても生き残れるだけの力はあるはずだ。……たぶん。
 半泣きになりながらも九峪は見つけた街へと入り込み、住人と会話をして情報を集めることにした。
 そしてわかったことが幾つか。
 それは三国志マニアの過去を持つ九峪にとっては衝撃的な事実であった。
 何とも皮肉なことに九峪が迷い込んだ先は――
「九洲の次は三国志なんて、何の冗談だよ。笑えねえ」
 勇将智将猛将が入り乱れる、群雄割拠の三国志の世界だったのだから。


 そして時間が流れて。九峪は取りあえず食いぶちを探すことにした。
 人間、生きていくためには食事が必要だからだ。
 しかしまあ、手に職を得ようとしても神の遣いをやっていた九峪には、この時代に通用するろくな技能がない。
 せいぜい敵を相手に磨いた剣の腕ぐらいしか使えそうなものがなかった。
 だから、当面はそれでどうにか生きていこうと考える。
 都合のいいことに、近くでは幽州を実質的に支配している公孫賛という人物が兵士を集めているという話を聞いた。
 行くあてがなかった九峪はその話に誘われて、幽州の兵士となることにした。
 ここは動乱の最中、三国志の時代である。兵士となればいつ、命を失ってもおかしくはない。
 だが現実問題として、食事は必要である。
 さしてこの時代に義理もない九峪は、機転の利く頭ですぱっと考えて、危なくなったら逃げるという算段のもとで兵士になったのだ。
 兵士としてはすぐに採用された。
 なにせ大小の戦を合わせて三桁は経験している九峪である。
 見る者が見れば、その新兵では持ちえぬ貫録から只者ではないということはすぐに知れたのだ。
 そこで二、三、武を示すためという名目で公孫賛配下の武将と矛を合わせてみれば、無難に勝ってしまう。
 これで採用されないわけがない。
 そこからもとんとん拍子に事態は進み、命じられるままに黄巾党や山賊達を討伐していたら、いつの間にか九峪は公孫賛軍の下っぱ武将の一人になっていた。
 あまりにも出来すぎで、そのこと自体に作為を感じてしまわないでもない。
(……やべ。ちょっと目立ちすぎてるかも。けど、これで楽な生活ができるようになったのも事実だしなあ)
 今でも九峪は危なくなったら逃げればいいと考えているが、本人は気付いていない。
 過去、九洲の民のために命をかけて戦った時と同じように、日々を共に過ごしていくうちに情がわいた仲間たちを守るために、九峪はまた戦うことになるのだということを。
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