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 薄暗い部屋の中、仄かに光る篝火の光のみが室内を照らしている。
 そんな空間に向かい合うように二つの人影が存在していた。

「伊雅様、何時まであの男をこの里に置いておくおつもりですか?」

 一人は部屋の出口付近に片膝をついた女性、清瑞。

「それは雅比古の事か?」

 そしてもう一人は部屋の中央に座る壮年の男性、伊雅。

「はい、あの男は怪しすぎます。そもそも服装からして何者なのか理解できません」
「それでも、我々が一度失ってしまった神器を彼が持ってきてくれた事実は変わらん」

 二人は小さな、だがしっかりとした声で九峪について話をしている。

「しかし奴は自らの素性を誰にも話しません」
「待て清瑞。彼の素性は解らない事は事実だ。だがそれでも彼が敵であるという事はあり得ん」

 否定的な意見の清瑞を諌める伊雅。
 普通は主従関係にある二人がこのような議論する事はあり得ないのだが、やはり伊雅も人の子であるためか、清瑞に対する姿勢はどこか甘い。
 だが、そんな伊雅の心情を知ってか知らずか、清瑞はむすりと押し黙る。
 感情表現の豊かではないこの乱波は、不満がある時はこうして口をつぐむ癖があった。
 とは言っても、普段から口数の少ない人間であるため、その癖に気づくことができる者なら片手の指の数で足りてしまうのだが。

「雅比古が狗根国の人間であるのなら、神器を我々に渡す事で利益が生まれない。つまりそれは、間違いなくあちら側の人間ではないという事だ」

 沈黙する清瑞に対して伊雅が諭すように告げる。

「しかし、――」
「お前が何と言おうとも、神器を持ってきてくれた恩人を、現在は狗根国の支配下にある九洲に放り出す事はできん。下手をすれば捕らえられる可能性も十分にある」

 その伊雅の台詞は実に的を得ている。
 仮に神器を耶麻台国に渡した事が露呈すれば、九峪は間違いなく捕らえられるだろう。
 それだけの人員を狗根国は神器の捜索に割いていることに加え、それを指揮するのは天界の力に固執する天目であるのだから。
 僅かな手がかりであろうとも見つけ出す、狩人部隊が、神器を所持していた者を見逃す道理は無い。
 その理屈の正当性を頭では理解しているのか清瑞はまた黙り込んだ。
 そんな清瑞の様子を確認しながら、伊雅は言葉を続ける。

「お前が雅比古を信用できないと考えていることは理解している。お前は乱波なのだから、そう考えることが正しい。だがそれでも、雅比古を追い出す事は出来ん。この件についての方針は変わらんぞ」
「……解りました」

 何度も繰り返すように釘を刺されることで、伊雅の決意が固い事を理解したのか清瑞は首肯した。
 そして、そのまま音を立てずに部屋を立ち去った。
 一人、伊雅だけが薄暗い部屋の中に取り残される。

「だが、やはり念のために雅比古の素性を調べる必要はあるのだろうがな」

 清瑞が立ち去った後の部屋の中で、一人伊雅は呟いた。


   /


 耶麻台国の隠れ里の中で最も大きい屋敷。
 その屋敷の中でも一番奥に存在する部屋の前に九峪達は来ていた。

「こんな場所まで来て何の話をするというんだ?」
「そーよ、ここは伊雅様の部屋じゃない」

 九峪に向かって問う伊万里と、それに続く上乃。
 その問いかけに九峪はちらりと二人へと視線を向けたが、すぐにまた正面の部屋へと向き直った。

「いいから黙ってついて来てくれよ。――伊雅さんいますか?」

 いつものように軽い調子で、里の最高権力者へと声をかける。
 その態度が余りに気さくすぎて、後ろの伊万里と上乃が居心地が悪そうにしていることなど構いもしない。

「何か私に用かな?」

 すると部屋の中から渋味のある落ち着いた声が返ってきた。
 壮年の域にある落ち着いた声色は間違いなく伊雅のものだった。

「すみません、少し時間をもらえますか?」
「少しだけならば構わないが」
「それじゃあ失礼しますよ」

 そういうと、九峪は気負った様子もなく部屋の中へと入っていく。
 まるで友人の部屋に招かれたような気安さだ。
 そんな九峪の後ろを、やや緊張気味でありながらも伊万里と上乃も続く。

「それで用とは何なのだ?」

 九峪に向かって伊雅が本題を尋ねる。

「はい、簡単に言うと天魔鏡を少し貸してもらえますか?」
「……どういう事だ?」

 突然の提案に、声は平静でありながらも、表情にはやや険を含ませて伊雅は九峪を見据えた。
 無論、その眼光は鋭い。神器とは容易く誰彼の手に渡して鑑賞させるようなものではない。
 そのことを理解している伊雅であるからこそ、九峪の提案には棘のある対応をせざるをえない。
 だが、そんな伊雅の雰囲気の変化に、九峪は分かっているとばかりに頷いた。

「別に他意は無いです。何処かに持っていくわけじゃなくて、この場所で本当に少しの間、天魔鏡を貸してくれれば事は済みます」
「……何をする気だ?」
「少しばかり、証明しようかと思いまして」
「ふむ……」

 九峪が返答するごとに伊雅の顔に困惑が浮かんでいく。
 漠然とした返答であるために事態を計りかねているのだろう。
 何を言っているのかが分からない。だが、相手はこれまで天魔鏡を所持し、自ら伊雅達へとそれを手渡してきた相手である。
 そんな相手が今さら天魔鏡をどうこうするとは考えられない。
 だとしたら何をしようというのか。
 気になった伊雅は条件付で許可を出すことにした。
 保守的な思想の持ち主である伊雅にとってはその判断は珍しいことであったのだが、そう考えさせるだけの不思議な雰囲気を九峪は持っていたためだろう。
 何を考えているのか分からない相手ではあるが、そのこげ茶色の瞳を眺めていると、そんな気にさせられてしまう。
 言葉では表現することが難しい魅力のようなものが九峪にはあった。

「……いいだろう。しかし、この部屋から持ち出す事は許さんぞ」

 そう言ってから伊雅は九峪に、自らの手の届く場所に置いていた天魔鏡を手渡した。

「それで結構ですよ」

 九峪は渡された天魔鏡をその右腕で掴みながら、その鏡面を見つめた。
 そして何ごとか呟いてから満足したように頷いてみせる。

「うん、これなら大丈夫だな」
「……一体あなたは、何をするつもりなんだ?」

 それまで元耶麻台国副王の前であったためか口を出さなかった伊万里が、依然よく解らない行動を続ける九峪に対して我慢が出来なくなったのだろう。抑揚の効いた声で尋ねた。
 そんな伊万里の問いかけに九峪は薄く笑った。
 それはどこか遠くを見つめるような、寂しくなるような笑みだった。

「ああ、……血の証明ってやつかな」
「血の証明だと?」

 九峪の言葉に伊雅が言葉を返す。

「ええ、そうですよ。伊万里、ちょっと俺の前に立ってくれないか」

 伊雅に返答した後、伊万里に向かって声をかける九峪。
 何をしたいのかは未だに理解できなかったが、ここまで来たのだから伊万里は素直に従うことにした。

「構わないが……」
「あー、もう少し右に来てくれないか?」
「こうか?」
「そうそう、そこで良い」

 微調整の後、九峪のちょうど真正面に伊万里が立つ。
 すると九峪は伊万里の方を向いたままに、横にいる伊雅へと問いかけた。

「伊雅様、天魔鏡の能力を知っていますか?」
「天魔鏡の能力? 確か……まさか!」
「その通りです。ではこれから証明させてもらいますよ」

 九峪の質問に何かを思い出したのか、伊雅が顔を強張らせた瞬間。
 言葉と共に九峪は天魔鏡を前に突き出した。
 伊万里と天魔鏡が向かい合う。
 すると、誰も映さないはずのその鏡は目の前に立つ伊万里の姿を明確に映し出した。

「……火魅子の資質を持つ王族」

 その光景を見て、伊雅が呆然と呟く。
 伊雅が見つめる先には、かつて程の勢いは無くとも、薄仄かな燐光を放ちながらその鏡面に伊万里の姿を映し出す天魔鏡が存在していた。それが意味している事は、耶麻台国にとっては非常に重たい。

「そう、彼女――伊万里は火魅子の素質を持つ者です」

 皆が動揺するなかで、ただ一人冷静さを保っていた九峪は、明確に言い切った。


   /


 九洲の南東部、火向に存在する当麻の街。
 当麻の街はその周囲を頑強な壁で囲まれた城郭都市である。
 そのため、外部からの人や獣が侵入することは不可能に近い。
 ――そう、不可能に近いのだ。

「全く、見回りなんて面倒だな」
「確かに、早く帰って寝たいもんだ」

 当麻の街の城壁の上を歩きながら見回る二人の兵士。
 特に職務に対してやる気があるとは思えない。
 しかしそれも、頑強な城郭都市の中にいるのだから仕方が無い面もある。
 こんな場所を襲撃しようなどと言う無謀な者たちは、狗根国の支配年数が長くなるにつれてほとんど存在しなくなっていたのだから。今では見張りの任務も形式的なものでしかない。

「このまま報告しないで帰っちまうか?」
「そりゃあいい」

 二人の兵士は、笑いながらたどってきた道を帰ろうとする。
 簡単に言えば職務放棄だ。
 だがしかし、結果として二人の兵士が職務を放棄して帰ることはできなかった。

「……こひゅっ」

 兵士の片割れが肺から空気の抜ける音を出し、地面に倒れる。
 それは突然の出来事だった。

「おいっ! どうし……が、が、がぁッ」
 
 もう一人の兵士が相棒の変化に声を上げるが、彼もまた直ぐに物言わぬ肉塊と化した。
 胸を刃物で貫かれては、悲鳴を上げる間もなく死ぬより他に無い。
 二人の兵士がいた場所には、代わりに若い女が立っていた。

「終わりました、星華様」

 倒れた二人の兵士の最も近くに立っていた女が、短刀についた血をぬぐいながら言葉を発する。
 その女は引き締まった筋肉質な体型の女性で、その顔を黒い布で覆っていた。

「ありがとう、衣緒。なら行きましょう。騎馬部隊が突入できるように周辺の兵士の殲滅と、門の開放をすぐにでも行わなければならないのだから」

 そして引き締まった体の女性――衣緒の視線の向かう先には、同じく顔を黒い布で覆った女性――星華がいた。
 音も立てずにこの場所へと降り立った二人が何を目的としてこの場所にいるのかは想像に難くない。
 すなわちそれは、戦うためだ。九洲をの支配者である狗根国と。

「衣緒、お前は空挺部隊の半数を率いて門の開放を頼む。私と星華様は周辺の兵士を殲滅した後、そのまま留守の間に向かう」

 話をする二人の背後から、新たにもう一人の女性が現れた。
 やはりその顔を黒い布で覆っているが、遠眼鏡をかけている点が先ほどの二人とは異なる。

「解りました。それでは、お姉さま、星華様、ご無事で」
「ええ、あなたもね、衣緒」

 そして三人の女性は二手に分かれた。
 音を極力立てずに、周囲の暗闇に紛れながらも、確かな足取りで目的地を目指しながら。


   /


 そして場所は変わって、当麻の街からやや離れた平原。
 その場所に、数十の動く影が存在していた。
 影の形から人だけではなく、大型の馬も存在していることが窺える。

「いよいよだね、藤那」

 集団の中心に存在する少年が、一際大きな馬の上に座る女性――藤那に向かって声をかけた。
 威風堂々とした態度で体格の馬に跨る藤那の姿は、最早九洲では伝説と呼んでも差し支えのない存在の事を想起させた。

「ああ、門が開けば火が上がる予定になっているからな。それまで緊張を維持していろ、閑谷」
「うん。これが僕らの――あ! 火が上がったよ!」

 話の途中で何かに気がついたのか、当麻の街の方角を見て、少年――閑谷が叫ぶ。
 その声に僅かに遅れて馬上にある藤那は威厳を込めた声で、周囲一体に号令を出した。

「解っている。全員、突入だ!!」

 その言葉に周囲に整列して存在していた他の影達も、威勢のいい叫び声を上げて応じる。
 複数の声が共鳴しあって、腹の底に響くような重低音が生まれた。
 そして唱和した叫び声が発生するのと同時に、数十の影は一斉に声を上げて駆け始めたのだった。
 彼らの目的地である当麻の街へと、一直線に。


   /


 その日。
 九洲南東部の当麻の街は『耶麻台国再興軍』と名乗る者達によって制圧された。



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