「……全滅か。やっぱ予想はしてたけど、やりきれねえな」
「取りあえず、生きている人間がいないかゲインは探してきてくれ。それとラクシャ、頼めるかな?」

 競りあがってくる吐き気を抑えながらそう指示を出すと、二人は嫌な顔一つせずに頷いてみせた。ゲインは倒れ伏した人々の確認へと動き、ラクシャは右目を覆う白い眼帯をそっと外した。そして周囲を観察する。
 そして何かを見つけたのか動きを止めた。じっと空中の一点を見つめて、一切の動きを停止する。
 霊との交信を行っている際のラクシャは傍目には何もしないように見えるが、これはいつものことだ。言葉を口にすることも、身振りや手振りを交える必要も無いらしい。その硝子球のような瞳が全てを代弁し、全てを聞き届ける。
 周囲の者には何が起きているのか分からないが、確実に何らかの情報は得られている。
 と、そこでラクシャは急に違う場所へと視線を向けた。古びたロボットのようにくるりと首だけを回転させると、また動かなくなる。その様子は何処か不気味で、そんなことを思ってしまう自分に少し嫌悪感が湧く。

「ダメだな、これは。全員きっちり死んでる。後は嬢ちゃんに頼るしかねえよ」
「そっか。何度見ても嫌だね。こういうのは」
「……先生は強いくせに臆病っていうか、人ができてんのかな? そういう風に誰かが死んだりするのを悲しむのは。俺にはできそうにもねえな。慣れすぎたし、そもそも最初からそこまで思い入れなんてなかったからよ」
「そうだろうね。普通はそうなんだろう。ただ、俺が生まれた国はそのあたりはうるさい所でね、人が寿命以外で死ぬところなんて、こっちに来るまで見たことが無かった。だから納得できないだけなんだ。分かってるんだよ、一応」
「けどやっぱりいただけねえ、と。何か争いのない毎日なんて考えられねえけど、先生の故郷が凄い国だったってのは分かるよ。人が殺し合いで死なないなんて、よっぽど政治家や貴族の連中が政治に力を入れてたんだろうなあ」
「いや、そういうわけじゃあ――ううん、そうなんだろうね」
 
 首を振って否定しようとしたけれど、途中で首が止まる。どことなく懐かしくて、寂しい。
 この話題は終わりにしたかった。曖昧に頷いて、話を切り上げる。
 すると、そこで都合よくラクシャが一度右目を閉じてから白い眼帯をはめた。それまで虚空を見据えていた瞳に焦点が戻る。いつもと変わらない感情の見えない表情でラクシャは口を開いた。

「……終わりました。盗賊側の霊魂に尋ねたところ、エルダー山の麓の洞窟に彼らは潜伏しているようです」
「そっか。山の麓の洞窟か。何処の盗賊も隠れる場所は同じなんだね」
「はい、それと――」

 ラクシャは彼女にしては珍しい事に、言葉を止めて言いよどんだ。
 こういった場合は、嫌なことが後で待っていることが多い。聞きたくない種類の話なのだろうけど、聞かないことには仕方がない。やれることは早めにやらないといけない。

「それと、何?」
「どうにも傭兵と商団に所属していた若い女性は生け捕りのまま、連れ去られたようです。……急いだ方がいいかもしれません」
「そっか。分かったよ、ラクシャ。ありがとう。――ゲイン」

 なるべく怖がらせないような声を出したつもりだったけれど、失敗した。ラクシャは一歩後ろへと下がった。
 どうにも俺は感情を隠せない種類の人間であるらしい。人を殺そうと決意すると、それが簡単に周囲にばれてしまう。

「何だい? 先生」
「お前はラクシャを街に連れて帰れ。後は俺がやるよ」
「一人で? そりゃあ無茶って……いや、先生に限ってはそうじゃないな。けど確実に殺せるのかい? 人を。それが苦手だろうと思っているから、俺は付いてきたんだけどよ」
「やるさ。嫌いだし、吐き気がするけどね、人殺しなんて。だけど、それよりも吐き気がする相手なら俺だって考える」

 人なんて殺したくない。小さな頃からそういった倫理感を持つように教育されてきたこともあったし、俺自身もそういったことは嫌いだ。実際にこの世界で人が死ぬ場面を始めて見た瞬間に、強くそう感じた。だから、この世界では俺は化け物みたいな力を持っていたけれど、極力人相手には向けないようにしてきた。
 だけど、その自戒も今日は働いてくれそうにない。
 本気を出せばこの世界の人間など、素手でも引き千切れるというのに、今は怒りだけが先行して殺意が生まれてくる。
 ――人を殺すのは嫌だけれど、人を殺した奴らがのうのうと生きているのはもっと嫌だ。
 そんな衝動を抑えきれない。俺はきっと、この世界に来てから変わってしまった。

「……だから、言うのは嫌だったんです」

 ぽつりとラクシャが何かを呟いたようだったけれど、聞こえない。
 軽く屈伸をした後に首を回してから。山の麓を見据える。睨みつけるように。

「本当にいいのかい?」
「ああ、それよりも早く帰れよ。子供にはこんな血生臭い場所を見させたくないんだ」

 まるで自分の声ではないような冷たい声。だけど驚きはしない。自分の中にこんな一面がある事を、力を持ってしまってからは薄々気が付いていた。俺はきっと残虐で自己中心的でもある人間だと。

「分かったよ。ラクシャ、来い」
「……はい」
「じゃあ、先に報告しておくよ。後処理にも人を向かわせるようにしておく」

 ゲインはそう言ってからラクシャを背負うと、俺に背中を向けた。そして走り出す。
 二人の姿が見えなくなるよりも先に、俺もまた走り出した。
 盗賊がいるであろう場所まで本気で走る。比喩ではなく、俺が地面を蹴るたびに地面が爆発したように爆ぜていく。
 もう表情を取り繕う必要も無い。ぐぐっと笑うように唇をつり上げて俺は走った。嫌悪感と高揚感が混じって、何ともいえない気分に感情が無駄に高ぶる。もうダメだ。きっともう殺すのをやめようなんてことは思えない。
 盗賊の姿を見つけたら、それこそ俺はゲームのように彼らを殺すだろう。
 暴力。純粋な暴力を俺は振るおうとしているらしい。禁忌に対する忌避感が生まれないことが少しだけ不思議だった。
 そして目的地へは大して時間もかけずに到達した。
 それらしい場所を探して走っていれば、あちら側が人の声を隠そうともしていなかったのだから、これでは見つけないほうが難しかった。この世界では生成するのが難しい青銅の鎧を着込んだ男たちが、それらしい洞窟の中へと出入りしている姿は目に付く。
 特に、その鎧が真新しい血で汚れていようものなら尚更だ。
 間違いない。

「よし、――殺そう」

 瞬間、俺は偵察のために乗りかかっていた樹から跳んだ。
 取りあえず動く者全てを殺すまでは止まるつもりはなかった。
 抵抗は行われない。というよりもそんな時間は与えなかった。
 刹那の間に俺は距離を詰められる。相手が俺を認識した時には、俺はそいつの喉もとを引き千切っている。稀に全身鎧なんて高価なものを身に着けた奴もいたようだけれど、気にせずに本気で殴りつければ衝撃だけでそいつは死んだ。吹き飛び、壁にたたき付けられる。
 それを繰り返すだけ。何度も、何度も、何度も。
 それだけで事は終わってしまう。
 何度も、何度も、何度も。吐き気がして、途中で一度吐いたけれども、それでも俺は手を止めずに繰り返した。
 盗賊たちはまるで虫のように弱かった。倫理観が崩れそうになる恐怖を覚えながらも人を殺していく。
 何度も、何度も、何度も。
 そしていつしか、戦いは終わっていた。それらしき人影は全て地に伏せて倒れている。確認するまでもなく死んでいた。終わりだ。俺が殺した。泣き言を言ってくる奴もいたけれど、問答無用で殺した。
 そのことに自己嫌悪を覚えるけれど、自分が激しく嫌いになってしまったけれど。その感情を無視して確認のために俺は奥へと進んでいった。敵意のようなものは感じられない。だけれども、人がいることは分かっていた。
 襲い掛かる俺がいることに気づきながら逃げもせず、撃退するために剣も構えていない人達がそこにはいた。いや、正確には逃げることも剣を構えることもできない、が正解だろうか。
 何せ身動きが出来ないのだから、どうすることもできないのだろう。
 暗い洞窟の奥で転がされていた女は四人いた。一人を除いて、皆気絶していた。何をやらされていたのか考えるだけで吐き気がした。鼻につく雄の臭いに顔をしかめそうになる。けれど止めた。それでは余りにも彼女達が可哀想だった。

「……助けが来たってこと?」
「ああ」
「意外と早かったわね。こいつら最悪でも、騎士崩れだから殲滅するのには三日はかかると思ってたんだけど」

 ただ一人、気を失っていなかった女は気丈だった。ほぼ身包みを剥がされて体を汚されていたのに、大して悲観した素振りを見せない。

「待ってろ。今、その縄を解く」
「あら、ありがとう。――やけにあっさりと片が付いたみたいだけど、どれだ人数ひきつれてきたわけ? 悲鳴が聞こえてから、ここに来るまで少し早すぎない? それともリムザの街の傭兵達は粒揃いってことなのかしら」

 唯一、意識を保っていた女の縄を解いた後、他の女の拘束も解いていく。近くで見れば見るほど、乱暴された跡が目に入って嫌な気分になった。

「それとももしかして、“南の狂戦士”ゲインが部隊を率いているの? それだとしたら、この速さは納得がいくわ。ただ、そうだとしたら捕らえられた私達も巻き添えで殺されていたとしてもおかしくないような気がするけれども」

 女は俺が来てからずっと喋り続けていた。答えが返ってこようがどうだろうが気にしていないらしい。それが普段の態度であるなら良いのだろうけれど、どうやらそうではない気がした。徐々に、その声には震えが混じってきている。やるせない。

「それに本当にこの場所以外から音がしないわね。もしかして貴方の仲間も全員やられてしまったのかしら。だとしたら悪い事をしたわね、私たちがこんな場所で捕まっていなかったなら、ゆっくりと確実にこいつらを殺すことができたでしょうに」
「……賊以外は死んでいないから、安心してもらっていいよ。こいつらは俺が一人で殺した」
「一人? 一人であなたがこいつらを? それは冗談なの? だったら笑えないわ。こいつら、ふざけた奴らだけど強かったのよ。それこそ私達、護衛についていた傭兵が成す術も無くやられて生け捕りにされるぐらいには。――それなのにっ、それなのに一人であなたがこいつらを殺した!? 笑えないわねッ、そんなことができるなら私が真っ先にやってるわよ! それこそ塵一つ残さずに完璧にこいつらを殺しているわ!」

 それまでの平静に見えた受け答えが嘘の様に女は絶叫した。壊れたスピーカーのように言葉を続ける。その様は哀れで不気味だった。ひどく悲しい気分になる。
 近くで死んでいた男の外套を引き千切って、叫び続ける女へと渡す。女はそれを手で振り払った。外套が地面に落ちるよりも早くそれを掴んで、今度は強引に女に外套を被せた。

「私に触るなっ――」
「……ああ、すまない。けど何か着ておいたほうがいい」

 遂に女が涙を流したことに辛さを覚えながらも、俺は何も慰めをかけることができなかった。そう呟くだけで精一杯で、それ以上は何も言葉をかけることができない。
 頭の中でこれならもっと盗賊達を苦しめて殺せばよかったかな、なんて考えが浮かんだけれど、そんなことは何の助けにはならないことに直ぐに気がついて気持ちが沈んだ。
 結局、これを最後に女との会話は途絶えた。
 俺は簡単に身に纏うものを女達に着せた後、近くにあった盗賊たちが盗んできたのだろう荷馬車に女達を乗せてから、そのまま街へと帰った。途中で目を覚ました女達もいたが、彼女達はまるで口を開こうとはしなかった。すすり泣く声だけが胸に響いて、後味の悪さを感じさせた。
 助け出した女達をギルドに預けてからもそれは変わらない。
 結局、化け物みたいな力をこの世界では持っていたとしても、神様みたいに何でもかんでも救えるわけじゃないところが余計に辛い。腕力があるだけってのよりも、こんな事件を起こさないようにできる何か別の能力でもあったら良かったのにな。そんなことを考えた。
 家の中で一人、ぼうっと天井を眺めていても気分の悪さはずっと晴れることが無かった。
 それこそ窓の外に見えていた夕陽が完全に沈んでしまった後にも。
 そんな時だった。不意に俺の部屋のドアが開かれたのは。

「何だ。先生、こんなところで黄昏てたのかよ」

 ちらりと倒れていたベッドから顔を上げて、侵入者の顔を見てみると、今朝からよく見る毛むくじゃらの獣人の顔が目に入った。

「……知ってるか、ゲイン。家主の同意を得ずに勝手に家の中へと侵入なんかした日には、牢屋の中にぶちこまれても文句は言えないらしいぞ」
「それは良く知ってるよ。何せ、そういった奴らをぶちこんでるのは俺らだからな」
「そうかそうか。なら、一つ気分転換にぶちこまれるのを体験してみるか?」
「は、そいつは御免だ。あそこは臭いがきついからな。俺たち獣人には耐えられねえ」
「だろうね。鼻の利かない俺でもあそこは臭いがきつい」

 ゲインが近づいてきたので、反射的に寝そべっていた体勢から飛び上がる。
 腕一本の力だけで、大した労力も使わずに宙に浮かんだ俺の体はくるりと回って綺麗に着地した。部屋の中央に立つ。

「それで、何の用? 定期的に俺の顔を見に来るような趣味はなかったはずだけど」
「確かに。こんな辛気臭い顔を見たら憂鬱になるだけだ。俺が来たのは別件だよ。――ほら」

 まるで遠慮なく嫌そうに俺の顔を眺めたゲインはそういって右手に持っていた小包をこちらへと投げた。反射的に受け取って、重さを確認してみると割かし重かった。四角い箱が中にあった。少しだけ香ばしい匂いがしてくる。

「何これ?」
「泣きじゃくってる子がいるだろうから、渡しておいてくれだとさ。嬢ちゃんが」
「ラクシャが?」
「言ってしまえば餌だな。どうせ何も食べてないんだろ。またつまんねえことばっかり考えてさ」

 ぱかりと箱の蓋を開けてみれば、見慣れた食べ物が詰まっていた。焼かれたパンと団子の中間のような、この地方での主食に、チーズもどきや乾燥させた肉などが、一応彩なども考えて配置されている。ずっと昔、この異世界に飛ばされて最初の頃、右も左も分からなかった俺にこうしてよくカストール夫妻が食事を与えてくれていた。

「つまらないって、言ってくれるね。まあ、ゲインからしてみればそうなんだろうけど、悩みは人それぞれって話だよ。――それに、んむ。うん? 何か味が違うな。ササリさんは味付け変えたのかな」

 懐かしくなって団子みたいなもちもちしたパン、カムリと呼ばれる食べ物にかぶりついてみると、少しだけ以前と違う味に首をひねってしまった。何だか、似ているけれども微妙に違うような気がする。ラクシャの母親、ササリ・カストールの味付けはもっと塩味が濃い目だったはずだったのに。

「だから言っただろ。ラクシャの嬢ちゃんからだよ、それは」
「へえ、ラクシャ? あの子、俺が知ってる限りだと料理とかできなかったはずだけど」

 記憶の中でササリさんから料理を教わっているラクシャは、彼女にしては珍しく真剣な表情で冷や汗をたらしながら包丁をおっかなびっくり使っていたはずだった。まだ、俺のほうが料理の才能はあったような気がする。
 隣で歩き方の練習をしながら、そんな光景を眺めていたから、よく覚えている。

「そりゃあ、いつの話だ? 俺はそのあたり知らねえけど、作れるようになったってことじゃねえか?」
「半年間で、黒焦げを量産していたラクシャがこれを作れるようになったのか」

 何だか不思議に思って、焦げ一つ無い食べ物を真剣に眺めてしまう。
 やはり、どこから見ても普通の料理だ。味も悪くない。というよりも薄口の方が俺は好きだ。

「まあ、人ってのは変われるものなんだろうさ」
「そうらしいね。改めて実感したよ」
「実感したなら、早くその直ぐ落ち込む性格をどうにかしてくれよ。傍で見ていて、苛々するんだよ、先生」

 茶化すように、そして本音を多分に混ぜてゲインがそう口にする。獣人という奴らは総じて正直で、こういった人の欠点をずけずけと指摘してみせるところは好感が持てる。……時々、むかついたりもするけれど、それはお互い様だろう。

「そうだね。人は変われるらしいから、努力してみるよ。――だからゲインも獣化した時に理性をぶっ飛ばしちゃう悪癖を、どうにかしてくれよ」
「ぐはっ、そいつを言われると頭が痛えな。ただまあ、俺も先生に説教じみた事を言ったんだ。努力はしてみるよ」

 嫌味をかえしてみても、ゲインはぐはははっと豪快に笑って済ませる。そのあたり実に羨ましい性格をしている。
 何だか、こういう明け透けな相手を見ていると陰気な考えもどこかへと飛んで行ってしまう。

「よし、その言葉は忘れないからな。次に何処かで狂戦士化してるお前を見つけたら問答無用でどつき倒すから。覚悟しておけ」
「上等。その時は自慢の牙で反撃に出るかもしれないが、勘弁してくれよ、先生」

 お互いににやりと笑う。何だか青春っぽくて少し気恥ずかしい。
 俺はこの変な雰囲気をとめるためにこほんと咳をした。

「それで、話は変わるけどあの子達はどうなったの?」
「あの子? ……ああ、先生が連れて帰ってきた奴らか。まだどうなるかは決まってねえよ。商団の女は、生き残った商団の連中と行動を共にしそうだがよ」
「傭兵の子達は?」
「生き残った傭兵の姉ちゃん? どうなるのかね。ありゃ、見たとこかなり傷は深そうだが。――少なくとも傭兵は廃業だろうな。所属していた傭兵団は全滅して、生き残ったのは若い女二人だけじゃ、再起しようと思っても無理だろうよ。一人で傭兵名乗れるのなんてこの地方じゃそれこそ俺か、先生ぐらいにぶっ飛んでる力を持ってないと無理な話だからな。それが女なら尚更だ」
「そっか」
「まあ、こればっかりはな。先生が気に病むことでもねえよ。女が切ったはったの世界に出てくりゃ、こんな結果を迎えるなんてことは珍しくも何ともねえ。酷い言い方にはなるが、あの姉ちゃん達にも、覚悟はあったはずだ」
「うん。そのあたり分かってはいるよ」

 ただ納得はできないというだけで。
 勿論、この言葉は口にしないけれど。もし言葉にしようものなら、ゲインから言葉の集中砲火をうけることは明らかだから。ただ頷く。

「まあ、色々と分かって良かったよ。ありがとうな、わざわざここまで来てくれて」
「全くだ。自分よりも強い相手の世話を焼くなんて洒落にもならねえ。これっきりにしてくれよ、こんなのはよ」
「確約はできないけど、頑張ってみるさ。それとこの料理の礼をラクシャに伝えておいてくれるかな」
「はっ、馬鹿か。こういったのは直接に礼を言うのが筋ってもんだぜ、先生」

 そこまで言ってゲインは背を向けた。まだ仕事があると言ってドアから出て行こうとする。
 それも当然だろう。この街、リムザにおいて最高の傭兵の名前を欲しいままにしているゲインにはとにかく片付けなければならない仕事が多い。のらりくらりと、暇な時と緊急時にだけ仕事を受けている俺とは違うのだ。

「直接、ね。ならちょうど良いから、久しぶりにカストール家にでもお邪魔してみようかな」
「そうしとけ。嬢ちゃんも、あの、万年新婚夫婦も喜ぶだろうさ」

 そう言って呟きに答えたゲインは部屋を出て行ってしまった。残ったのは少しだけ気が晴れた俺と、冷たくなり始めたラクシャお手製の弁当。せっかく作ってもらった物を残すのは気がひけるので、取りあえず弁当を全部食べてしまうことにした。

「うん、美味い」

 少々無愛想だから心配していたけれど、これならラクシャにも嫁の貰い手は現れることだろう。
 そんなことを考えながら食べた弁当は本当に美味しかった。