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 そして来るべき日が、かつてより一週間ほど早い形でやってきた。
 十一月二十九日。帝国本土防衛軍、帝都守備隊の沙霧尚哉大尉を中心としてクーデターが生じたのだ。
 水面下で準備が行われてきたクーデターは帝国斯衛軍の警備すら出し抜いて、一先ず帝都の包囲、並びに主要なライフラインの占拠に成功した。
 このまま帝都に立て篭もる斯衛の手から武力を用いずに、政威大将軍殿下、煌武院悠陽を確保できるかがクーデターの成否を決定付ける。
 そう、表向きは考えられている。
 だが実際のところはもう少し根が深い。
 クーデター自体にはそこまでの危険性はない。
 極東の地。オルタネイティブ4の最重要拠点であるこの場所では、オルタネイティブ4の推進派と否定派、ならびにクーデターを契機として政威大将軍の権力を増減させようとする派閥が入り交ざり、舞台裏で複雑な駆け引きが行われていた。これらの勢力は、どれもがクーデター勢力よりも大きく、自らの望む手を打つためにクーデターを敢えて見逃し、あるいは焚きつけた側面がある。
 いわばクーデターはただの呼び水でしかない。
 そこから己の望む結果を導き出せるか否か。各勢力はクーデター部隊が表で注目を浴びている中で動き始めていた。
 オルタネイティブ5を主導する米国は帝国軍への協力というお題目を得て、オルタネイティブ4勢力が大半を占める関東へと国連軍を介して駒を進め、あわよくば決定的な交渉材料を手に入れようとした。
 政威大将軍をこれまでのようなお飾りではなく、実質的な権力者として復活させようとしている者達はクーデターが起きたという事実をもって危機感を与え、権力の集中の必要性を説こうとした。
 そして米国の介入を防ぎたいオルタネイティブ4計画、その実質的な最高責任者である香月夕呼は米国の助力を極力抑え、なおかつ日本帝国において米国とは距離を置く権力者の誕生を望んだ。
 今はそれらの利害が、ぎちぎちとせめぎ合っている状態だ。
 このクーデターの結果によって、今後の極東におけるバランスはがらりと変化することも十分に考えられる。
 BETAとの戦闘ばかりが主だったここ数年間においては珍しく、11.29クーデターは人類間での勢力争いが重きを置いていた事件であると言える。
 だが、それも各勢力の首脳部に近い人間達にとっての話である。
 一介の戦術機乗りには関係のない話だ。
 いや、というよりも、そちら方面の才能がない人間には下手な介入をすることが許されないだけなのだが。
『こちら01。そろそろ本日の主役が来る時間帯だ。各機、お出迎えの準備はできたか?』
『02。いつでも行けます』
『03。同じく問題ありません』
『04。降雪も収まり視界良好。今日は絶好の狙撃日和ですね』
 武は政争とはほぼ無関係な場所で、A-01部隊より借り受けた築地、高原、麻倉を引連れて、静岡県天城山脈北部に陣取っていた。
 リアルタイムで武の戦術機には、悠陽を護送している207分隊の情報が伝えられている。
 クーデターが起こり、搭ヶ島まで逃れてきた悠陽を保護した後、米国の助力を得ながら、207分隊は南下している最中になる。
 本来ならば武もそれに同伴したかったのだが、長時間に渡って神経をすり減らす作戦に従事することは避けたかったことと、他にも理由あって武はこれまでとは別行動を取っていた。
『お、言ったな。それだけ大口叩いたんだから実際に決めてくれよ』
『任せてくださいよ大尉』
 武の言葉に、三人の中で最も明るい性格の高原が答えた。
 夕呼から借りたこれらの三人は、運良くこれまで過酷を極めるA-01部隊の任務において死ぬことがなかった者達だ。
 武の思い出す限りでは、大多数のループでは命を落とすことが多かったのだが、今回は様々な思惑と幸運が重なって現在も五体満足でいる。
 そしてだからこそ現時点では浮いた戦力として換算することができるため、この忙しい最中に武が借り受けることができた。
 本来なら所属する部隊を三名だけ離れて、これまで組んだこともない者の下について別任務を行うなど難しいものがある。
 だが、元より難易度の高い変則的な任務をこなしていたA-01に三人が所属していたことに加えて、武自身、三人の呼吸のようなものを知っているために即席の小隊は当初の予想以上に連携が取れていた。
 まだ実際に行動に移っているわけではないが、戦力面では満足しなければならないだろう。
 これ以上の補強を望むのは、我ままというものだ。夕呼は忙しい状況で可能な限り便宜を図ってくれている。
 と、そこで武の下へ新しい情報が送られてくる。
『01より各機へ。殿下を護送している連中は冷川に差し掛かった。このまま逃げ切ることはできそうだ。そして面倒なお知らせだが、厚木にて神風の発生が正式に確認された』
『02。神風の発生を了解』
『03。了解。……本当に内陸を通る空路で来るものなんですね』
『04。了解しました』 
 BETAに捕捉されれば一撃であの世への超特急へと変わる、自殺行為としか思えない手段で、クーデターの首謀者、沙霧を中心とした面々は下田沖へと南下する護送部隊を空から追撃してくる。
 匍匐飛行も何もない、航空機を使った移動手段。確かに盲点であるが、決して褒められた選択ではないと武は思う。
 そもそもクーデターからして、そうなのだが……。
(いや、今はそんなこと考えてる時間じゃないな)
 戦場では不要な思考を始めていた武は、首を振って雑念を捨てるよう努めた。
 今はそれよりもやっておきたいことがある。
 一時的に隊との連絡を切ってから、気合いを入れなおす意味で武はコックピットの中で言葉を発した。
「あいつらだって頑張ってるんだから、俺がここでへましたんじゃ格好つかねえよな」
 ぐっと全身に力を籠める。血液が沸き立つような感覚。
 いつでも極限の集中が可能な状態に、体を置いておく。
 武のこれまでの経験と、現時点までに報告された情報をかみ合わせてみれば、恐らく武が位置している場所の上空を沙霧達を乗せた航空輸送機が通過するはずだ。
 BETAや国連軍、帝国軍の妨害が考えられないルートは少なく、さらに伊豆半島中腹部において進行可能なルートとなると、この付近では武達がいる場所をどうしても通ることになる。
 自分の命を天秤にすら載せない、クーデター部隊の航空機を使った強襲作戦。
 それは確かに多くの人間には想定できなかった作戦ではあったが、反則的な事情によって予め作戦自体を知っていたならば妨害はた易い。
 むしろ航空輸送機は横っ腹の大きな良い的だ。
 強襲部隊の不意を突けば、大打撃を与えることは難しくない。
 武を除いた三名は山岳部からの狙撃の準備を終えて待機中。
 そして武自身は狙撃を逃れたお零れの相手をするために、一人だけ前面に出ている形になる。
 強襲してくるクーデター部隊全機を相手にするとなれば今の武にも難しいが、相手は無防備な航空輸送機である。しかも207分隊を追跡することに夢中で、周囲の警戒もおろそかになっているだろう。
 それほどまでにクーデター部隊の置かれた状況は悪い。焦らずに冷静でいられるはずがない。
 ならば、そこを狙い撃ちすることができたなら、三割から四割近い戦力を削ることも難しくないはずだ。
『01より各機へ。まだお客様が来るまでに時間があるから最終確認をしておくぞ。航空輸送機を発見後、お前らは狙撃を開始。もし抜けた機体が数機出たとしても無視しろ。殿下を取り囲む護衛の練度から考えれば、数機程度じゃ足止めにもならない』
 武の通信に対して、それぞれ了承の意思を三名は返してくる。
『そして恐らくだが、この場所で狙撃を受けることによって奴らは降下し、地上で散開してから殿下の下へと急ぐはずだ。奴らにとって逼迫した状況を考えるに、お前たちの狙撃を幾ら煩わしく思おうとも、迎撃に出てくることはない。だからその時は、反撃を受けない安全な位置に留まって好きなだけ奴らの尻に弾丸をくれてやれ。――ただもしもだ、お前らの下へと向かおうとする機体が出てきたなら、構うことはない。その時は狙撃を中止して即刻撤退しろ。応戦する必要はない。下田沖に展開している艦隊の所まで迅速に逃げ込め。それが今回のお前らの任務だ』
『やっぱり神風の人達は、精鋭ぞろいなんですか?』
『その通り。特に首謀者である沙霧は教導隊のレベルでも生温く思える衛士だ。相手は必ず俺がする』
『おー、さすが横浜基地の新エース。さらりと自信に満ち溢れたこと言いますね』
 茶化すように高原がはやし立ててくる。
 これから戦闘が始まる状況でこれだけ平常心を保っていられるのは、やはり既に幾つかの任務を経験しているからだろう。
 これが207B分隊の面々であれば、こうはいかない。もちろんそれでいいのだが。
『まあな。そんな事実ばかり言って褒めるなよ』
 武は高原の言葉が一種の戯れであることに気づいていたので、それに乗ることにした。
 にっと子供のように口元をほころばせる。
『大尉。そこは謙遜しとかないと。日本人の美徳ですよ』
『自慢ばかりの人って敬遠します』
『話をふったあたしが言うのも何ですけど、大尉はちょっと子供っぽいかもしれませんね』
 武の言葉に三人は思い思いの言葉を返す。形式上は敬語を使っているが、その中身は非常にフランクだ。
 それも一重に横浜基地を出発するより前の顔見せで、同年代であること、堅苦しいのは嫌いであることなどを三名に武が伝えているからだろう。
 年が近いというのは割合、気が合う要因となりえる。
 それに、どこか気さくな武の態度がA-01の突撃前衛と似ていたことも作用したのかもしれない。そして三名の性格もまた。
 武としては好ましいことだ。
『本日付で発足し、本日付で解体されるレイピア小隊とは言え、お前ら言ってくれるなあ。まあ俺もそのほうが気楽でいいけど』
『もちろん、そう思って敢えて大尉に厳しい言葉を投げかけていたんです』
『その通り。実は私もです』
『前に同じく』
『……お前ら息が合ってるな。これは207Bより先に207Aが任官した理由が分かったような気がするよ』
 打てば響くといった感じで言葉をつなげてくる三名に、武は素直に感心した。
 そして感心するあまり溜息を吐いてしまった。そこに他意はない。
『あー、なんか露骨に呆れられたような。ひどいですよ大尉』
『ひどくない。それよりあんまり話にばかり集中して、準備を疎かにするなよ』
『それぐらい分かってますって。何せ、あたし達、A-01から直々に大尉に付けられた期待の新人ですからね。あ、ていうか今この瞬間に思い出したんですけど聞いていいですか?』
『まず言ってみろ。答えられることと答えられないことがある』
『なら聞きますが、どうしてあたし達三人が臨時で使われることになったんですか? 任務内容が狙撃ならA-01にはもっとプロフェッショナルがいたような気がするんですけど。もしかして大尉の趣味ですか? だったら身の危険を感じずには――』
『よし、そこで言葉を止めろ。そして答えてやる。理由は余り順だ。他の任務で必要な人員がまず消えていって、俺が取れそうな人員となるともう、喜べ、お前ら三人だけしか残っていなかったんだ』
『……うわー、聞かなきゃよかった。しかもあたし、涼宮に成績いいからとか言っちゃったのに』
『この状況でやる気が下がるようなこと、よく教えられますね大尉』
『そっか。茜ちゃんについていけなかったのは、そんな理由があったんだ』
 押しつけられた現実に、三人は思い思いの反応を示す。
 その様子を武は満足げに眺めていた。
 だが、そこで弛緩した空気を機械的な声が切り払うことになった。
『――HQよりレイピア隊へ。クーデター勢力の航空機部隊が予想された経路を進行したことを確認。十二分後にそちらまで到達する模様』
『こちらレイピア01。了解した。航空輸送機を確認後、迎撃を開始する。――よし、聞いたな。三機とも持ち場について、いつでも動けるように構えろ』
『02。了解』
『03。了解』
『04。了解』
 交信の後には、緩んだ空気は微塵も残っていなかった。
 あるのはただ一つ。命令に従って任務を実行する戦術機小隊(フライト)のみ。
『狙撃のタイミングについては俺が指示を出す。編隊を組んでいる輸送機を先頭から順番に潰していけ。仮に空中で目標が散開した場合、中央後列にいる機体は狙うな。沙霧がいる可能性が高い。クーデターを早期終結させるためには、奴には生きていてもらったほうが都合がいいからな』
 もちろん、不可能なら撃墜しても構わないがと言葉を続けながら武は自身の戦術機をもう一度チェックした。
 各装備に問題はなし。自身の体調もすこぶる良い。
 いつもよりも痛みが弱い。その代わり、感覚だけは異様に冴えていた。戦術機の動作をミリ単位の精度で制御できるような錯覚さえ覚える。
 自分が負ける未来をイメージすることができないほどに。
 そして沈黙はほんのわずかにしか感じられなかった。
 必要な緊張を維持したまま待つ武に、網膜投影によって外部カメラからの映像が送られてくる。
 それはクーデター部隊を運ぶ航空機だった。戦術機を搭載したアントノフAn-225ムリヤ。数は予想よりわずかに多かったが、作戦に支障をきたすほどではない。
 むしろ落し甲斐があるというものだ。武は心を落ち着けた。
『01より各機へ。敵影を捕捉。カウントを開始する。――5、4、3、2、1、撃て!』
 直後、銃火が上空を飛行する航空輸送機隊に襲いかかった。
 完璧なタイミングで始まった奇襲は、第一射で一機の輸送機を撃墜することに成功する。
 続いて、二機目、三機目と次々に落とされていく。
 クーデター部隊が使用する航空輸送機は全長84m、全幅88m、全高18mの超大型であるために、通常の航空機と違って当てるだけならば難しくない。
 それが戦術機降下のために高度を下げていたならば尚更だ。
 五機目が撃破された時点で、クーデター部隊側もようやく狙撃に対応した。編隊を乱して、ばらばらに飛行することで狙撃をかく乱しようとする。が、それも無駄だ。
 再度上昇するならばまだしも、少しばかり輸送機同士が距離をとったとしても撃ちやすい状況にはまるで変化がない。
 よく狙えば、その内当たる。
「これで、五機目かッ」
 武自身、三名とは異なるポイントから上空を飛行する輸送機を撃墜した。そして同時に三名の狙撃によって、更に一機が銃火によって羽を折られた。地上へと墜落して行く。
 そこに至って最早、空路を選択することは不可能と悟ったのか、続々とクーデター部隊の人間は戦術機を地上へと降下させていった。
 207分隊を包囲するはずだった戦術機部隊は、目的地へと到達することは叶わずに、その一歩手前の地点にて足止めを余儀なくされた。
『01より各機へ。お前らの潜伏ポイントは殿下のいる方角とはずれているから、攻撃を受けはしないだろうが、藪をつつく必要もない。繰り返すが安全圏から支援に徹しろ。俺は直接出る』
 短く入れた通信に、了解の返答が続く。
 その言葉を聞きながら、武は狙撃用の長銃を廃棄して、87式突撃砲を装備しなおした。
 同時に戦術機を全力噴射させて、一気にクーデター部隊の下へと切り込んだ。降下された戦術機カーゴから出てこようとしてきた不知火を二機、手始めに蜂の巣にし、相手が連携を取れないうちに戦力の大半を切り崩してしまおうと目論む。だがクーデター部隊側の練度も高く、五機を無力化したところで相手は組織的な動きを取り戻してきた。
 中でも特に、武から見て左側前衛の不知火の動きが異常に良い。
 武が放った射撃を二度、かわしている。この一か月の間に、異様なまでの戦術機機動を体現してきた武が、ここまで一人の相手を仕留めきれないのは久々だった。
 だから相手が誰であるのかも、分かる。
『――クーデター首謀者、沙霧だな?』
 武の呼びかけに返答せぬまま、黒い不知火は74式近接戦闘長刀を構えた。
 同時に他の帝国軍仕様不知火も一斉に武を攻撃する構えを見せる。
 直後、武が操作する国連軍仕様の青い不知火に無数の銃弾が襲いかかった。
 後方に跳躍することで、その攻撃を武は避ける。同時に突撃砲による銃撃で反撃を行う。敵一機の脚部を破壊することに成功。
 ――だが、その直後に武の眼前に黒い不知火が肉薄した。
 構えるは74式近接戦闘長刀。
 沙霧だ。空中にある武を一刀両断の下に切り捨てようと、戦術機の腕をふるう。
 だが、その攻撃をぎりぎりで武は避けた。ジャンプコマンドと同時に噴射コマンドの先行入力を行うことによって可能な、二段跳躍。それが沙霧の目測をゆがめる。
 経験のある衛士ほど、武の三次元機動の対処には戸惑う。経験が生み出した反射が、想定外の行動への対処を遅れさせるためだ。
 普通ならば、この上をとった時点で勝敗は決する。
 だが、沙霧は並の相手ではなかった。
 武のジャンプキャンセルによる噴射に気づくや否や、攻撃を即座に中止して前方へと退避した。それでは武も攻めにくい。
 その代わり空中で、横から邪魔をされては敵わない他の不知火への銃撃へと切り替える。
 武の動きにほんの僅かに対処が遅れた不知火が、胸を撃たれ、火花を飛び散らして沈黙した。
 そして少し遅れて、山岳部に潜む三機から同様に支援攻撃が行われた。
 これでまた一機、無力化される。――それは一瞬の攻防だった。
『返答がないようだが、繰り返す。投降しろ、沙霧』
『……そうか。貴様が横浜の白銀だな。そして乗っているのは新型OS搭載機か』
 残った仲間と武の機体を挟み込むように動きながら、初めて沙霧が交信に応じた。
『知っているなら話は早い。お前達の旧式OSじゃ、これの相手はできはしない。諦めろ。そしてすぐに馬鹿げたクーデターを終了させろ』
『馬鹿げた、だと? 同じ日本人であっても所詮は国連の飼い犬にすぎないということか。それだけの腕を持ちながら、――恥を知れ!』
『恥を知るのはお前らのほうだろう。このクーデターでBETAへの防衛線は一時的に麻痺している。いつこの国がBETAに蹂躙されてもおかしくなかったんだ』
『腐敗した体制を革命するためには多少の危険は乗り越える必要がある!』
 言葉の応酬と共に、激しい攻防が繰り広げられる。
 押し寄せる弾丸の嵐を変則的な機動でかい潜り、逆に反撃に出る武を、数に物を言わせてクーデター部隊側も応戦する。
 目まぐるしく高速で立ち位置が変化する戦いに、山岳部で支援攻撃の準備をしている三人は手を出すことができなかった。
『誰がどう判断したって、このクーデターがそんな崇高なもののはずがないだろうが!』
 だが、その拮抗も武の87式突撃砲が更に一機の不知火を無力化したことで終結した。
 場の力関係が一気に傾く。航空輸送機での移動中に奇襲を受け、戦力を半減させられた時点で、そもそもこの結果は決まっていたのだろうが。
 仲間が散ったことでほんの僅か動きが止まった不知火を、待ちわびたように山岳部からの射撃が襲う。
 その射撃自体をクーデター軍の衛士は驚異的な反射で回避することに成功したが、同時に空中で体勢を崩す。
 それは相手にとっては不幸なことに、武の目前での行動だった。見逃されるわけがない。
 更に一機、銃撃を受けて、沈黙する結果を迎えた。
『……もう一度言う。投降しろ、沙霧。そもそもお前らの動きは全てが把握されていた。そして良いように動かされていた。意味は分るだろう』
『……帝都で始まった戦闘のことか』
『それもある。このクーデターにはお前達が知らない多くの勢力が噛んでいるんだ。そして時間が経過するにつれて、この国にとって不利になることが多くなる』
『そこまで分かっていながら、何故貴様らは米国の好きにさせているというのだッ!』
 激高した沙霧は通信越しに武へと吠えた。74式近接戦闘長刀を構えなおす。
 隣に控えていた他の衛士もまた、同様に戦術機をいつでも攻められる体勢へと変化させた。
『クーデター起こして状況を悪くした本人が言っていい台詞じゃないな、それは』
 相手が最後の特攻に出ようとしていることを悟った武は、背部ウェポンラックから目の前の相手とおなじ74式近接戦闘長刀を引き抜いた。
『来いよ。これで終わりだ』
『臨時政府の馬鹿どもと変わらぬ国賊めがッ、舐めるな――!』
 そして敵対しあう戦術機同士は紫電の如き速度で交錯した。
 戦術機というハイテクノロジーの塊での戦闘は、最終的に大太刀による切り合いにて終了した。
 二機、黒い戦術機が雷を大気に撒き散らした後に、爆散して果てる。
 そして残った二機の内、青い国連軍仕様の不知火は右腕部の肘から先が切断されていた。
 交錯する中、二機目の攻撃までは避けることができたが、生きることすら放棄して決死の特攻を行った沙霧に食いつかれ、持っていかれたのだ。
 幸いにも機体に引火はしていないために、このまま機動させることは可能だ。
「後、一動作、踏み込まれてたら俺が死んでただろうな」
 油断や慢心など武には一滴たりとも存在していなかった。
 この損傷は、執念により驚異的な実力を発揮した沙霧によって、もたらされたのだ。
 そのことは称賛に値する。
 動力部をすり抜けるかのように、胴体を切断された沙霧の戦術機を見下ろしながら武はつぶやいた。
 冷汗が後から後から湧いてくる。
『……殺せ。我々の負けだ』
 地面に倒れた戦術機。そのコックピットの中でどのような表情を浮かべているのかは分らないが、悔しそうな声で沙霧は言葉を発した。
 目的を達成することができなかった以上、死ぬことしかできないとそう考えたのだろう。
 今の沙霧は誰かに殺されたがっているようにしか見えない。
 武はその言葉に応えるように、かろうじて切断されていなかった右腕部の肘から65式近接戦闘短刀を引き抜いた。
 戦術機に握らせてそれを振りかぶる。
 沙霧は動かなかった。もちろん動くことは既に不可能であったのだが、それでも動く素振りすら見せなかった。
 言葉すら発しない。
 ざくりと、金属が刺し貫かれる独特の音が響く。
 武はそこで黒い不知火から距離をとった。
『――これは何のつもりだ、白銀!』
 戦術機の外部カメラを破壊され、さらに残った上半身部分も念入りに破壊された不知火の中で沙霧が叫んだ。
 武はその声を静かに聞いている。
『悪いけど、死ぬならやることやってからにしてもらえますか。せめてクーデター終了させる命令ぐらいは首謀者のあなたが出してくださいよ。分かるでしょう。こうなった今、クーデターが長引くのはこの国にとって不幸以外の何物でもありません』
『よくも、ぬけぬけと言ってくれるな……』
 淡々とした武の言葉に、沙霧は口惜しげに答えた。
 そう、無念さを言葉で表現しながら。それだけで沙霧が状況を理解していることは知れる。
 武は続く言葉を待った。
 万が一に備えて、山岳部に潜む三人には引き続き狙撃体勢を取らせておく。
 そして長い時間が経ってから、苦渋の選択だったのだろう、沙霧はかすれるような声で言葉を発した。
『分かった。仲間に投降を呼びかける。それでいいな』
 沙霧は生きたまま敗北を認めた。
『はい。ただ少し待ってもらえますか』
 戦っている最中とは違う、落ち着いた声で武は沙霧の言葉を遮った。そしてHQを通じて、今回の作戦を統括している人物へと連絡をつける。
 マイク越しに聞こえる声は喜んでいるようだった。
『どうやら成功したようね。それで、首謀者は捕まえることはできた?』
『危うくこちらが死ぬところでしたけど、捕獲には成功しました。本人もクーデターを終了させる旨を伝えてきています』
『そう。僥倖じゃない。だけど、どうせならもう一働きしてもらえる?』
『……何をさせればいいんですか?』
『ふふ、相変わらず面白みがないわね。――殿下よ。どうせなら近くにいる殿下にクーデターを終わらせてもらうわ。こちらの貸しになるし、海の向こうの国も口実が弱まるでしょうから』
『つまり形式的に、殿下の説得で沙霧がクーデターを終了させたことにすればいいんですね?』
『そういうこと。殿下はそろそろ下田の艦隊の保護下に入るから、準備ができたらこちらから連絡するわ。レイピア小隊は、もうないだろうけど、クーデター勢力の妨害に備えながらそこで待機していなさい』
『了解です』
 そこで通信は夕呼から切られた。
 武は再び沙霧の機体に声が聞こえるように設定を切り替えてから、改めて呼び掛けた。
『最後に一仕事をお願いできますか?』
『……何をさせるつもりだ』
『ただの形式ですよ。クーデターは、殿下の説得によって終結したというようにしてください』
『……殿下と、だと? それは、一体どういう、――いや、そういうことか。分かった。そちらに従おう』
 深い理由を語るまでもなく沙霧は、提案に同意した。
 歪んだ愛国心だったとしても、沙霧の胸の中には国を憂う気持ちが、やはり残っていたのだ。
 どこかそれがやるせなかったが、今は、そのことが事態を少しだけ好い方向へ動かせるかもしれない。
 武は通信する相手を切り替えた。
『01より各機へ。本部から連絡があるまでこの場所にて待機する。気を抜くなよ』
 三人は素早く了解と返答してきた。
 それで少しだけ肩の荷が下りる。
 武は周囲を警戒しながら、夕呼からの連絡を待った。
 すると数分が経過した後に、沙霧から通信が入った。その声はひたすらに静かだった。戦闘中の激情にまみれた声とは違う。
『――まだ時間があるようだ。お前に一つ、聞きたいことがある』
『何ですか?』
『どうしてお前は、国連に所属している。この国においては、当然だが、帝国軍に入隊する若者のほうが多い。待遇も、お前ほどの腕を持っていれば相当なものが得られただろう。逆に米国が支配する国連では、日本の人間は自由には動けまい。国への忠誠を捨て、不自由さを甘受してまで、国連には所属する必要があったのか』
『ありました』
『それは何だ』
『BETAを駆逐できる可能性が、国連になら残っているってことですよ。俺が百人いたって大勢には変化なんて与えられない。けれど一人いるだけで盤を引っくり返せるような人間が、こちらにはいる。ならもう後は考える必要だってない。国への忠誠を捨てるとか、捨てないとか、そんな話じゃないんですから』
『……そうか』
 それきり、沙霧は言葉を発することはなくなった。
 それは夕呼が余所から回してきた部隊が、沙霧を連れていくまでずっとだった。
 そして十数分後に煌武院悠陽の説得を受けてクーデター軍が全員投降したという連絡が入ってきた。
 一時的に日本列島を混乱に陥れたクーデターは、そのような形で幕を下ろしたのだった。
 武は小隊の三人とともに悠陽達を護送する艦隊とは別の船に乗って、そのまま横浜へと帰還した。
 
 
 
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