「青の邂逅」





 閑散とした辺りの景色。緑も大して多いわけでもない、ただの荒野。

 街も、遠くを見ればあることはあるのだが活気というものが皆無だった。

 まあ、その理由もわからないことはない。

 なぜならこの世界という中で見たらちっぽけな国でしかないここは数週間前までは内戦を繰り広げていたのだから。

 そこで起きた事件。終戦と同時に黒幕とやらが歴史の表舞台に顔を出す一人の戦士。

 中肉中背の背の高い男。

 その戦士は魔術師という存在でありながら、魔術使いだった。

 名を、衛宮士郎といった――――――













 冷たい風が吹き荒ぶ何もない平凡な丘の上。

 その中心に彼女は立っていた。

 髪は長く赤い。傍らには無骨なトランクが一つ。

 そう、彼女はブルーと呼ばれる現存する魔法使いの一人だった。

 静かに佇む彼女は、本来の彼女の姿を見聞きしている者にとっては想像も出来ないだろう。

 目の前にあるのは――剣

 そして何処にでも転がっているであろう何の変哲もない大きめの石ころだった。

 それに刻まれた文字。誰か、彼を真に知る者が書いたのだろうか。





 ――――真の英雄、ここに眠る。









 彼女にとって、いや、彼にとっても出会いは唐突だった。

 彼女が魔法使いとして少し欲しい物があって、協会の長老達からの面倒な依頼を本当に嫌々ながらにこなしていた時のこと―――

 





 そいつらはあるの国の首都の裏道や郊外で人を襲っては数を増やしているらしい―――

 彼女が受けた依頼とは、最近急浮上してきた死徒達の殲滅、という破壊を得意とする彼女向けの依頼だった

 死徒というのは世間一般では知られているはずのない存在で、

 それらは、一般では想像上の生物と呼ばれる吸血鬼というものに、血を吸われた者の果ての存在である。

 基本的には吸血鬼や使徒達は群れる事をしない。

 どんな理由で彼らはそこに達したのか分からないが―――選民思想の影響を受けているのか―――

 人間に対する優越感に浸り、孤高を好む。

 しかしどうしてか、そこの死徒はどうやら協力体制をとって群れているらしい。噂では連携すらやってしまうという。

 そうだとすれば、一体一体は他と比べて雑魚と評するに値する使徒だったとしても、

 大人数の徒党を組んでしまえば厄介な事この上ない。

 本来は死徒狩りなどというものはそれが専門のヴァチカンの狗にでもさせておけば良いのだが、

 今回は明確な協会のテリトリーであるところで起こった事件なので許されないらしい。

『偶には協会の為になることをしてくれんかの?』

 などという戯言を吐くしわくちゃの長老を思い出して少し腹が立つ。

 しかし、私に頼むというのも理由がないわけではないらしい。

 どうやらそれを打開するために反応の鈍い協会の割には早期に時計塔から成績優秀者を二人送り込んだが失敗に終ったそうで、

 かくなるうえは、とばかりに破壊の能力を極めた、戦闘能力の高い私にお鉢が廻ってきたのだ。





 夜の帳のなかで厳然と存在する月。

 私はそんな月を見上げてにやりと笑った。

 もうすぐ、街のいわゆる普通の人々の時間が終わり、夜の住人のモノになる頃だ。

 堂々と街の中を歩き回る。襲って来い、私が死徒たちを探す手間が省ける。

 注意深く路地の辺りを探る。息を潜めて待ち伏せろ、私が死徒たちを追い詰める楽しみを無くすな。

 洗練された石畳の上を獲物を探して徘徊する。

 周囲を見渡して街並みに感心し、死徒の気配の無さに苛立った。

 どこかで楽曲でも演奏されていれば多少でも苛立ちが解消されるのに、と聴覚の鋭敏化に集中した。

 どうせ静寂しかないのだろうとタカを括っていたら、かすかに耳に響く剣戟。

 ――剣戟?

「――ッ、誰だか知らないけど馬鹿! なんで私よりも早く戦い始めてるのよ!!」

 舌打ちもほどほどに、音のする方向に向かって疾走する。

 この街の人々は最近頻発する殺人事件に怯えてほとんど外出していないはずで、魔術師すらも工房から出ていないはずだ。

 余程の命知らずか、過度の愚者か――

 現場はさっき青子がいたところと大して離れていなかった。

 ただ、彼女は驚いた。驚いて足を止めた。そして目を疑った。

 ――ただの一般人と見える背の高い筋肉質の男が、死徒と渡り合っていた。

 己の肉体と剣のそれだけ・・・・で。肉体を死徒と相対できるほど殊更に強化したわけではない。

 死徒の一撃がまともに入ればそれだけで死に至る可能性に溢れていたがそれでも彼は一歩も引かずに戦っていた。

 それだけでも一般の魔術師としてなら充分に賞賛しうるのに、彼は魔術師を逸脱していた。





 打ち捨てられた死徒の肉はなぜか再生せず、気味悪く蠢いていた。近くにハルぺーが転がっていた。





 焼け焦げているついさっきまで死徒だったものがいた。魔術師が持ちえない黒鍵が刺さっていた。





 集まった死徒からあり得ないほどの質量の投擲があった。戦場に咲く一輪の花が彼を守っていた。





 五体ほどの死徒に囲まれながらも、距離を取り、一遍に敵を上と下に両断していた。飛んできた巨大な石剣が近くのビルに突き刺さった。





 人間ごときに潰されることへの怒りか、はたまたただの恐怖か、いままで沈黙を保っていたリーダー格らしき死徒たちが一挙に彼に襲い掛かった。

 ああ、これで健闘した彼も敗れる、とそう思って呪文を詠唱しようとした瞬間、

I am the born of my sword体は剣で出来ている

 この言葉で、なぜか空気が一変した。

steel is mybody,and fire is my blood血潮は鉄で 心は硝子

 重苦しく、寒いような空気がどこからか入り込んでくる。

I have created over athousand blades幾度の戦場を越えて不敗

 さぞ戦場の空気は刺々しく辛かったろう。

Unaware of loss.Nor aware of gainただの一度も敗走は無く、ただの一度も理解されない

 今まで歩んできた道も、独りだったのだろう。 

Have withstood pain tocreate many weapons.彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う

 そして、これから歩んでいく道も。

Yet,those hands will never hold anything故に、生涯に意味は無く

 ああ、だから彼は空っぽに見えるのか。

So as I pray,unlimited blade worksこの体は、無限の剣で出来ていた

 そして、それ故に彼は、剣で――――

 火の手が周囲に上がり、この戦闘に関わる者すべてを包み込んだ。

 発現は一瞬だった。

 そこは言うなれば剣の墓場。

 担い手はどこか遠く、星の側へ。剣はここへ墓標として――

「これで、終わりだ」

 彼が終幕を告げた。そして腕を掲げた。担い手を失った剣たちは自然と上空へ浮き上がり死徒へとその切っ先をむける。

「………」

 最後に、何かを哀しそうに呟くと、彼は腕を振り下ろした。

 ――弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾

 轟く剣の悲鳴の後、固有結界の崩壊があった。

 後には、血塗れの男と私だけが残された。

 それが、出会いだった――――









 世間ではその男は他に比べようもない極悪人だった。

 たしか政府の発表では、内戦の激化の原因だとか、内戦自体の原因だった、とかだった。

 彼は弁護人すらいない裁判にかけられ死刑を言い渡され、絞首刑であっさりと死んだ。

 何も知らない世界中の人々は彼を罵り、貶め、嘲笑した。

 彼にはこの件に関しては何にも罪はなかった。

 もし罪があるとするならば、殺人罪だろうか。

 戦争中の殺人、無論戦闘に依るものだが、それを罪とするならば世界中の軍人が軒並み検挙されてしまうであろう。

 それなのに、彼は生涯後ろ指を指され続けた、いや、死した今も指されつづけている。

 彼は人の笑顔を求めた。

 内戦で苦しんでる人々を何百人も救った。

 けれどそのために速やかに何十人もの人を殺した。

 そして国連もゲリラに手を焼き、果てなく続いていた戦争は

 ある時、あっさりと終った。両指導者の死という形によって。

 信じられないほどにあっさりと――――





 

 それをなして見せたのがこの丘で本来の死を迎えたたった一人の男だった

 一度死に、周りの人間を少しでも救いたいと願い、『世界』と契約した。

 救った人の数など大した数ではなかった。

 救われた人も訳など知らず、彼に感謝など抱きもしなかった。

 その他の人々は罵りさえもした。

 けれど――――





「よかった――救えた――――」





 彼は笑っていた。

 心底から、満面の笑みを浮かべていた。

 一切の迷いもなく、

 微塵ほども後悔すらない。

 ただあるのはただ一つの願いだけ。









『みんなが笑って暮らせるような幸せが、一瞬でも長く彼らの身に降り注ぎますように』









 そして彼は数日後、絞首刑で死んだ―――――









 一陣の風が荒野の地表を撫でるように吹く。

 青の魔法使いはこれ以上ないほど悲痛に呟く。

「ほんと・・・・・・・馬鹿な子・・・・・・・」

 最悪に出来の悪い、

 最高の弟子に万感の思いを乗せて空を仰ぎ見る。

 ――――あの子は笑っている

 幻視であるのは分かりきっている。

 けれど、そう思わずに入られなかった。

「なんで私の気に入った子達はそろいも揃って私をほっぽりだして先に死んじゃうかな――――」

 彼女が想うはたった二人の愛弟子達の姿。

 一人は先生、と。

 もう一人は師匠、と。

 本当に親しげに笑顔を向けてくれた。

 師匠のどんなに悪い噂が流れていても、一笑に伏してくれた。









 先生はなにがあっても僕の先生ですよ――――

 それは師匠の一面しか見ていないだけです。オレは他に師匠のいいところをたくさん知ってます――――









「まったく、本当に優しくて不器用な子達――――――」

 ぽたり、とひとしずくの水滴。

 文字の刻まれた石ころに、剣に落ちる。

 彼は満足していったのだろうか。

 とそこまで思いやったところで彼が言っていた事を一つ思い出す

「あの子は守護者になったのかしら――――――」

 









『師匠、すこし伝えておきたい事が――――――』

『なに、くだらないことだったらしばくわよ?』

『実は――――――――――――』













 彼は聖杯戦争に参加したときに自分が連れていた他のサーヴァントだった奴に自分が似てきていると言った。

 今考えればそいつが使っていた伝説の剣たちは投影魔術だった、と。

 ならばいつか自分もそういうものになってしまうのかもしれないのだと。













 でも――――

「あの子なら後悔なんてしてないものね。たとえどんなことがあっても―――」

 想いを馳せ、心に描くは愛しき少女。

 誰にも負ける事のない、最高の王様―――

「もう、精神的に吹っ切ってあげないとあの子達に悪いわよね」

 彼らは死して周囲の心に楔を打ち込むのを心底嫌った。

 

―――――――残った人たちに重りを残したくないんですよ









 空耳か、響く彼らの声。

 弟子にするタイミングは全然違ったけれど、もし出会っていたならとても仲良くなったでしょうね。





 死に一番近くて、いっつも死にそうな身体を引きずって生きていた七夜の末裔

 理想には届かないと知っていてもけして信念を曲げる事はなかった正義の味方





 二人の生き生きとした顔が今も鮮明に目に浮かぶ





「さってと、次はどこに行こうかしらねー」

 彼らとの別れを済ました彼女にはもう悲壮感などはまったく感じられなかった。

 もう動かない剣に別れを告げ颯爽と丘を下っていく。

 次にいくところを決めかねている彼女の耳に、









――――――ありがとうございました









 なんていう感謝の声が届いたような気がする。

 聞こえる筈のない、愛弟子たちの鮮明な声に気を良くしたのかもしれない。

 彼女は鼻歌を歌いながら真っ直ぐに歩き、空を見上げる。

 やがて、どこからかやってきた風とともに、忽然と姿を消した。





 後には、彼女の涙で微かに濡れた剣が、誇らしげに――――