干吉は確認をしに来たと言った。 そしてやはり優先しなければならない相手がいるともいった。 それは恐らく北郷のことを意味しているのだろう。 だが、その目的はいまだに分からない。 人の意識を言葉一つで奪い去り、どこの誰かも不明な白装束の集団を意のままに操り、大国の動向を操作している。 そして北郷が見たという、鏡を奪った男というのも気になる。 まだそちらは表舞台には出てきていない。 恐らく干吉と同じような人種であるのだろう。 そんな相手が大陸の中で野放しにされていると思うと、正直、頭が痛い。人を操れるということは、ほぼ何でもできるようなものだ。 早急に、本拠地を見つけてこちらから手を打てるようにしなければならない。 だというのに、相手は尻尾すら見せないのだ。 「と、なると、あいつらが仕掛けてくるところを迎え撃つって方法しかないけど……」 狙いは北郷で間違いない。 ならば北郷の周辺を固めれば、いつかは白装束の男たちと出会うことになるだろう。 だが、それがいつになるのかは分からない。 致命的な何かが起こってしまってからでは遅いというのに。 一人、自室の中で九峪は黙考した。 そして暫くの試案の末、自分が最も重要な見落としをしていることに気がついた。 「くそっ、馬鹿か俺は!」 壁に腰を叩きつける。それは紛れもなく九峪の失態であった。 そもそも当初から白装束の集団は北郷を狙ってきた。奴らの本命は間違いなく北郷なのだ。 董卓然り、袁然り、そして魏もまた同様。 さらにこの前は公孫賛の所にまで姿を現した。 幸いにもその時は、九峪を操作できぬということで撤退したわけだが、もし仮に九峪まで操られていたとしたら――。 そのまま公孫賛にまで手が伸び、北郷軍へと牙をむくように仕向けられたのは確実だろう。 では次に白装束の勢力がどう動くか。 北郷軍にぶつけられる駒はもう一つしかない。それは孫呉であった。 早急にその可能性を北郷にまで伝えなければならない。 九峪は急ぎ、伝令の兵を派遣しようと準備をした。 だが、それも後の祭りであった。 呉が北郷軍とぶつかる懸案に思い至った当日中に、北郷軍より呉から襲撃を受けたために援軍を要請するとの連絡を伝えられたのだ。 かくして今一歩、力及ばず。 北郷軍は大陸に残った最後の大国、呉と開戦を迎えることになった。 それはやはり終わってみてから調べてみれば、白装束の集団が裏で関与して起こった戦争であった。 だが開戦前ならばともかく、兵の血が流れてしまってからはどうしようもない。 九峪も兵を率いて出陣し、多くの時間と労力を割かなければならなくなった。 その間、裏で動いている白装束の集団を牽制することなどできない。 それどころか呉を統率する孫権を北郷達が捕らえ終えた後も、終戦を許さぬとばかりに、呉の軍師であった周喩が内乱を起こして呉を掌握する。 敵将を捕らえたことで終結するかと思われた戦いは、そこから更に苛烈さを増していく。 だが、どうにか北郷軍の武将達の尽力もあってか、周喩が率いる呉との戦いに北郷軍は勝利した。 長い時間が必要となった。 そして時間を消費した代償として、白装束の集団は依然として不明のままであった。後味の悪さだけが、残る。 そのようにして九峪が後悔のみを感じた呉との戦争から少しして。 北郷より、至急伝えたいことがあるから来てほしいという連絡が入った。 何用かも伝えられず、ただ重要なことが判明したという連絡を受けた九峪はすぐに北郷達が新しく都とした洛陽へと向かった。 そこで九峪は北郷から伝えられる。 「先輩、少しとんでもないこと話しますけど、信じてくださいね」 「分かった。それで、話ってのは?」 九峪の頷きを確認すると、北郷はぽつりぽつりと話し始めた。 まず北郷がこの世界に来る直接の要因となった、鏡を奪った男。左慈にこの前、襲撃を受けたということ。 そして辛くも撃退はできたのだが、そこで新しい事実が判明したということ。 「どうも、貂蝉があいつらと同じ存在だったらしくて」 「……ふーん。盲点だったな。あんなあからさまに怪しくて目をひいてる奴が、この世界に一枚噛んでるなんて」 貂蝉は筋骨隆々とした半裸のゲイであり、北郷に付きまとっていた。どうみてもただの変質者。 違う方向から警戒をしたことはあるものの、色物すぎるキャラクタから、誰も貂蝉と白装束の集団を結び付けようなどとは思わなかった。 「てことは、情報流してたのはあいつなのか?」 「いや、本人が語るには違うらしいです。どこまで信じられるかは分かりませんけど」 「何て言ってたんだ?」 尋ねる九峪は、北郷は顔をあげてから語り始めた。 それはこの世界、外史と呼ばれる世界について。概念的には正史と対をなすモノ。 貂蝉が語ったということを、少しずつ北郷は語り始めた。 九峪は黙って、その話を聞く。 北郷は告げた。ここは正史という鋳型を元にして作られた、観念的な世界でしかなかったのだと。 「……へえ」 九峪は言葉が出ない。 北郷が言っていることが真実であるのならば、それは。 それが意味するところは。 「つまり、ここはただの夢。……いや違うか、鋳型を元にして作られたコピー。それに俺という人間が修正を加えたものだと。……ソフィーの世界って、先輩読んだことありますか? あれに近いんじゃないかな。実際に生活していると思っている俺達は、その実、ただの物語の登場人物にすぎない」 「……だとしたら俺は一体誰なんだ。俺もお前が作り出した人間なのか? 俺には自我がある、はずだ」 「先輩は先輩で、また別の外史から来た存在じゃないかと、貂蝉は言っていました」 北郷は来るべき質問だと思っていたのか、即答した。 「同じ日本。同じ学生だから当然、同じ世界の人間だと思ってたけど、実は違う世界の人間だったってことか」 「そういうことに、なりますね」 頷く北郷。九峪は腕を組んで、黙考した。目を閉じる。 貂蝉の言葉を丸ごと信じるつもりはなかったが、仮にそれが真実だとしたら九洲での九峪の戦いは何だったというのだろうか。 戦って戦って戦って、泣き言を零して八つ当たりして、それでもやはり諦められずに戦って、ようやく皆を助けられたと思った過去が、……ただの外史。 泡沫の夢となって消えてしまう程度でしかなかったと? ぎりぎりぎり。気がつけば強く手を握りしめていた。 「貂蝉には会えるか?」 「はい。何なら今からでも――」 「その必要はないわ」 言葉が聞こえた直後には、部屋の中に貂蝉が立っていた。気配など微塵も感じなかった。 なるほど確かに、これは外見からもたらされる偏見を捨てて観察してみれば、人ではない。 遅まきながら、手品の種が明かされた後に、九峪は気がつくことができた。遅かった。 「質問がある」 「何かしら?」 「お前の話を真実とした前提で聞く。俺は何だ?」 「貴方は、違う外史から来た住人。世界を越えるという設定がある外史の中で生まれた、迷い人なんだと思うけれど、詳しいことは私にも分からないわ」 貂蝉は静かに告げた。 「私達はただの剪定者。無数に枝分かれしていく世界を管理するだけの存在。そして私達のようなものは無数にいる。きっと私達の知覚できないどこかから、貴方は来たんでしょうね。正史を木の幹、そして外史を枝葉の部分に例えるなら、貴方がいた外史は絡み枝。何らかの要因があって、無関係なこの外史とリンクしてしまった」 「……とんでもない話だな」 ならば九洲という世界は何だったのか。 その質問を九峪はすることができなかった。 怖かったのだ。もし仮に貂蝉が嘘を付いていないとしたら、それは……。 九峪はそこで言葉を失った。絶句する。 今胸の内に生まれている疑念は、きっと表に出してはいけないと、そう思った。 「先輩……」 北郷は沈痛な面持ちで、何か声をかけようとしたが、思いとどまったように言葉を止めた。 貂蝉はこれまでのふざけた態度が嘘のように、静かな口調で言葉を語りかける。 「似た世界からやってきた存在でも、ご主人様だけが狙われていたのはそれが原因よ。貴方は本質的にこの外史とは無関係。だけどご主人様は違う。ご主人様がいるから、この外史はあると言っても過言ではない。そして、白装束の集団を操っているあの二人は、この外史の終焉を望んでいるの。だからあの二人は貴方を放置したし、ご主人様を殺そうとした。物語を終わらせるために」 九峪はもう言葉を発しなかった。 貂蝉はそれでも言葉を続けた。 「そして、あの二人はご主人様を殺す以外の方法で、この世界を終わらせる準備も進めていたの。だから、もうすぐ、その別の方法によって、この世界が終るわ。戦を起こして混乱を助長し、監視の目を潜り抜けて、あの二人はこの外史という物語に終止符を打つ準備を終えてしまった」 「奴らのことを知っていたのなら、何故お前は黙ってた。……どうしてこのタイミングで喋り出した」 「こちらにも都合があったのよ。信じてもらえないかもしれないけど、そう言うことしかできないわ」 「くそっ……」 冷静な九峪にしては珍しく苛立った。 荒唐無稽な話であったが、頷ける点は色々とあったのだ。特に北郷を中心とした物語が、この外史であるという点。確かに、すべての流れが北郷を中心にして動いていた。 まるでそれは一つの英雄譚のように。 それはかつての九峪の場合と同じように。 偶然だとは思えない。そんな疑問を常に腹に抱えていた。 そしてその疑問を納得させる答えが、こうして語られた。最悪だった。 胸の中で一つの疑問が渦巻く。 もう二人の言葉も耳に入らない。 仮に外史などというものがあり、それがただの物語であったとしたら。 すぐに消えてしまうぼやけた存在だったとしたなら――。 今はもう九洲は存在していないということなのか? 九峪は己の意志に反して、ぶるぶると膝が震えるのを抑えられなかった。唾を、飲み込む。 だが、これはいつまでも放置して言い問題でもない。 この外史が今にも終わろうとしている状況でもあるのだ。傷を負うなら早い方がいい。 「おい、……貂蝉」 「何かしら」 「仮に俺が基点となった外史があったとする。その外史は俺が消えたことでどうなる?」 「違う外史のことまでは分からないわね。消えたのかもしれないし、存続しているのかもしれない。生まれた外史の運命は、外史の人間の判断できる領域じゃないわ。淘汰されるのか、許容されるのか。それは正史における判断なのだから」 貂蝉は嘘を吐かなかった。雰囲気でそれが分かった。 優しい嘘をついてくれればよかったのに。九峪は額の前で両手を握りしめた。ぐっと奥歯を噛む。 そして誰も声をかけないうちに、立ち上がった。 「先輩、あの……」 「悪い。今日は寝るな」 その足取りはしっかりと、だが北郷の目にはどうしても危うく見えた。 「……駄目だ。重症だよ、あいつ」 「話は北郷殿から聞いたが、酷いものだな」 そして四日ほど経過した。九峪に遅れて公孫賛達も、白装束の集団との最後の戦いに臨むために洛陽へと兵を率いてやってきていた。 だがそこで見たのは、半ば抜け殻になりかけている九峪であった。 状況は分かっているのだろう。 この世界が消えようとしている一大事である。己が今まで受け持ってきた仕事はこなそうとしている。 だが、その義務感が実際に行動に反映されているかと言えばそうではない。 かつてないほどにふぬけた九峪は、致命的に作業効率が落ちていた。 これまで公孫賛軍の頭脳としていて働いていた人間が、ここに来て一気に落ちぶれてしまえばその影響は軍単位に及んだ。 だが、しかし。 その状況をどう回復させればいいのかが分からない。 九峪はこれまで傷ついても、自力で回復するだけの打たれ強さがあった。 今回も時間が経つにつれて傷は癒え、いつものようにふるまうことができるようになるだろう。 しかし、それが次の戦いに間に合うのかは際どいところだ。 いや、というよりも難しいかもしれない。 「しかし、参ったな……。思えば、あいつの慰め方とか分かんないよ」 「自分がこれまで触れ合ってきた者達が、今はもう霞となって消えているやもしれぬという恐怖。分からないでもないが」 「立ち直ってもらわないと困るよな」 対応策が見当たらないまま、二人はぼやく。 直接的、間接的にそれとなく話題を振ってみるのだが、九峪は苦笑いをするだけで、どうしようもない。 有態に言えば、お手上げであった。 普段頭の切れるタイプは一度閉じこもってしまえば、厄介きわまりない。 「九峪の調子はどうだ?」 そこに兵の修練を終えた華雄が近付いてくる。 二人はともに首を横に振った。 まるで駄目。これが最後の最後であるかもしれないというのに。 華雄はふむと、顎に手をあてた。思案するように黙り込む。 「……まずいな。他のことでなら、手も回るというものだが。精神的なものとなると。これはもしかしたら、九峪が立ち直らない場合のことも考えておくべきかもしれん」 その言葉に、苦渋の表情を浮かべながらも、反論を述べようとする者はなかった。 だがこの後。華雄の予想は思わぬ形で外れることになる。 それは月の奇麗な夜であった。 空は澄み、満天の星空を遠くまで見通すことができるような一夜。自然と、眺めれば過去を思い出す。 仕事を終えた九峪は、自室で一人、遠くを見渡していた。 この世界を眺める。九洲を思い出す。 北郷より外史のことを聞いてから、まだ二日目のこと。 そのまま無言で、片手に持った酒を飲む。 喉を潤すだけのつもりだったそれも、いつの間にか酒量が増える。意識が酩酊とした。 思考が薄れれば、思いださなくてすむだけに、楽になった。 そんな中、とんとんと部屋の扉を叩く音がする。 九峪は眠っているふりをした。 だがノックした相手は勝手に部屋の中へと入ってきた。 九峪は侵入者の顔を見るために振りかえる。 「……よう。どうした大将」 「まだ起きてたんですね」 「お前だって起きてるだろーが」 「そっか。そうですね。……あ、もう飲んでたんですか。俺もちょっと持ってきたんですけど」 夜分遅くに、九峪の部屋を訪れたのは北郷であった。 手には酒とつまみ。どうやら飲むつもりであったらしい。 窓際から離れて、九峪は部屋に明かりをともした。机へとつく。 北郷は対面に座った。 「で、何をしに来たんだって言うのは、……ちょっと意地悪かな」 九峪はさらに酒を含んで苦笑いを浮かべた。 この男とて、最近の自分の状況は理解していたのだ。 理解していてなお、戻らないのだからどうしようもない。二度と帰ることもないと決めた場所。 そこがどうなろうとも、本来ならば気にするべきではないというのに。 「あの、俺もここにいる皆が消えちゃったらって、一度考えたんですよ。ぞっとしました」 「だろうな」 「……ただ、やっぱり自分が体験していないから良く分からなくて」 北郷は軽く酒を飲みこんだ。 沈黙が、周囲を覆う。 九峪は何を言えばいいのか、迷った。 良い話題が見つからない。と、そこで首を振った。 「悪い。慰めてくれてるんだろうけど、ちょっと辛い」 「……あ、やっぱそうですか。すいません」 北郷はぺこりと頭を下げた。 そのまま引いたような気配を見せる。そうしてくれたほうが九峪としても良かった。 このまま帰ってくれたらいいんだが。九峪は自然とそう考えた。 北郷が目の前にいたならば、八当たりをしてしまいそうだったからだ。 それは避けたかった。 この期に及んで情けないことはしたくない。 だがしかし、そんな九峪の考えとは裏腹に、北郷は席を立たなかった。 引いたように見えたのは九峪の読み違えで、本人はまだ話があったらしい。 「それで、俺、考えたんですけど」 「何だよ。悪いけど、回りくどいの、無しにしろよ。少し、俺、余裕ないから」 いつもより突き放したような声で言った。 普段の北郷ならば怯んでいたことだろう。 だが、今夜の北郷は変わらなかった。じっと視線がぶれない。 揺れているのは九峪だけだった。 「あの、安心してください」 「……何がだよ」 「少なくとも、こっちの世界に関することだけは俺達でどうにかしてみせますから」 北郷は宣言した。最初に出会った時の、おどおどとした態度が消えている。 その姿が誰かに似ているような気がした。 「先輩の状況も分かります。だから、今度の戦いに出てもらわなくてもいいです。きついのなら休んでくれていて構いません」 北郷は告げた。 「俺一人じゃ、きっとも何もできないんでしょうけど。今の俺の周りには、大勢の仲間がいますから。きっと、この世界を終わらせようとしている奴らになんか負けないと思うんです」 「……やけに自信あるな」 「へへ、不思議なんですけどね。これに関しては怖くないんですよ。今までの戦い。この世界に来てからずっといつも怖かったのに、今は怖くない」 北郷は虚勢ではなく笑っていた。その表情は仲間達を誇っていた。 九峪はそれで思い出した。 誰かに似ていると思ったが、これは自分だ。昔の自分。九洲で仲間に支えられていた頃の自分。 あの頃はどれだけ劣勢であっても、隣に仲間達がいたからこそ震えなどしなかった。 ちょうど今の、北郷のように。 「あと生意気なこと言いますけど、無理そうなら絶対に戦場に出ようなんて思わないでくださいね」 「邪魔ってことか」 「え、えーと、はい」 言いにくそうに北郷は頷いた。だが九峪はどこかその姿が面白かった。 初めはまるで頼りない相手だったのに、わずかな期間でここまであけすけなことを言ってくるようになるとは。 「お前さ、俺が切れたりすると思わなかったのか? 普通なら、頭に血が上るぞ」 「いや実は、ある程度覚悟してきたんですけど。……ていうか何で怒らないんですか?」 「怒ってほしいのか?」 「まさかまさか、いやまさか」 北郷は慌てて首を横に振った。未だに戦場でろくに戦えない北郷と九峪が喧嘩をしたら、片手でも九峪が勝つことぐらいなら分かっているのだろう。 分かっていてあの台詞。ある程度覚悟していた、という言葉は嘘ではあるまい。 昔よりもずっと立派になった。 そしてここまで北郷を育て、成長させたのは、先ほど本人が言ったとおり北郷を支える武将達だろう。 ならば、と。 そこで九峪は自問した。 ここまで俺を支えてくれたのは誰なのだろうか? 一瞬で、多くの人々の顔が浮かび上がった。 北郷は沈黙に険悪なものを感じたのか、腰を浮かび上がらせた。 「あ、あの、先輩?」 いつでも逃げられる構えである。 その姿を見て、九峪は笑った。それは久方ぶりに湧きあがった衝動である。 俺を育てた奴らは誰だったか。そしてあいつらは、このような状況で部屋の中で閉じこもろうとする自分をどうしただろうか。 そんなことを考えたら不意に肩から力が抜けた。 ネガティブなことばかり考えていたから、そのことに考え付かなかった。 目の前の学生としての姿を色濃く残す北郷が、昔のことを思い出させてくれた。 九峪は口を開いた。 「悪いけどな、その話パス」 「……どういうことです?」 「白装束との戦いには俺も出るってことだよ」 「けど、先輩」 「分かってるって。今のままだと邪魔になるかもしれないってことだろ。そこは大丈夫。取りあえず、悩むのは横に置いておくことにしたんだ、ついさっき」 「え、えらく切り替わり早いですね」 「だろう。それが俺の長所だって、昔、言った奴がいたよ」 九峪はそこで酒を飲むことをやめた。 北郷は九峪の様子の変化に驚いたのか、目を瞬かせている。 「大丈夫なんですか? 本当に、無理そうなら」 だが、そんな目の前の相手に深く説明するわけでもなく、九峪は語った。 「いいんだよ。いや、そうじゃないか。俺も戦いたいんだ。そうでないと、俺に色々教えてくれたあいつらに申し訳が立たないからさ」 「そうですか」 北郷は、深くは訊ねずに、静かに頷いた。 |