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「どうした、疲れたのか?」

「……問題ない」


伊雅の乱波である清瑞は苛立たしげに、目の前の青年、九峪からの問いに答えた。
彼女達は現在、当麻の街から耶麻台国の隠れ里へ帰還している途中である。

当初、当麻の街へと向かった時に彼女は全力の速度で駆け続けた。
それというのも、機動力に自信のあった彼女はライバル視している九峪に音をあげさせようと思ったからだ。

しかし、現実は彼女の予想を超えた。
九峪は音をあげるどころか、僅かに息を乱れさせるだけで当麻の街まで到着した。
そして留守の間への侵入の際にも彼は清瑞から離れる事無く、無事に再興軍の幹部達の下へと到着した。
いや、最後は彼の方が幹部達を見つけるのは早かった。

そして耶麻台国の隠れ里への帰還。
九峪は行きとまったく同じ速度で駆けた。
まるで、それが普通の速度だと言うかのように。

彼に弱みを見せる事を嫌った清瑞は、内心の疲れを押し殺し、そ知らぬ顔でいた。
無愛想な事で知られている彼女は、大抵の感情の変化は他人にばれない。
というよりも、彼女に感情の変化は無いと思っている者が大多数だ。

にも関わらず、


「顔色が悪いぞ、体調が悪いなら休憩したほうがいいんじゃないか?」

「なめるな。貴様にできて私にできない道理は無い」


九峪は、清瑞の僅かな表情の変化に気付いていた。
それが余計に彼女の神経を逆撫でる。

今まで彼女の感情の変化に気付けるのは伊雅、或いは音羽だけだった。
彼女が最も信頼する人物と、一番付き合いの長い人間だけが知っているちょっとした秘密。

それが素性も知れない、ライバル視している人間に察知されてしまったのだから彼女の不機嫌へとつながる。

九峪としては敵対しているつもりは無いのだが。


「ならいいんだけどな……」


九峪としてもそこまで言われれば更に何か言う気もない。


ただ二人は無言で駆け続ける。


街道を駆け、そしてやがて獣道へと入る。


そして獣道すらない森の中へと踏み入る。


それ程険しい山の奥深くに邪馬台国の隠れ里は存在するのだ。


依然、会話の無い二人だったが――


「清瑞、止まれ」

「……私はまだ余裕がある。止まる必要など無い」


声を上げる九峪に、やや遅れながらも返答する清瑞。
それでも目立った表情の変化を見せない辺り、彼女の精神的な強さを感じる。
まさに耐え忍ぶ者だ。


「違う、そうじゃない。耳を澄ませろ」


清瑞は、疲労している彼女を思って九峪が休憩の提案をしたのだと思ったのだが、どうやら違ったようだ。


「――何が……」


九峪の言葉に従うのは少し癪だったが、目を閉じて辺りの物音を聞き分ける清瑞。

木々のざわめき。

鳥の鳴き声。

そして、常人ならば聞き逃してしまう程、小さな話し声。


「……誰かがいるのか?」


九峪達からある程度、離れた場所から声は未だに聞こえてくる。
話の内容が解るほどの距離ではないが、それでも気配を察知することは十分にできる。


「ああ、間違いない。それで質問だが、こんな場所で何の当ても無く行動するような奴は里にいるか?」


気配のある方角を見つめたまま九峪。
すでに彼の気配は幽鬼の如く薄まっている。


「……私が知る限り、そんな奇特な人間はいない」


荒れる呼吸を整えつつ清瑞。
彼女もまた気配を消す。


「なら、考えられる可能性は二つ。伊雅さんが集めている兵士達か、もしくは狗根国の――」

「……左道士部隊か」

「そうなるな。尾行するが、いけるか?」

「ふん、誰に物を言っている」


確認するかのような九峪の言葉に答える清瑞。

先ほどまで呼吸が乱れていたにも関わらず、少しの間立ち止まって会話をしただけで本来の調子に戻っている。
彼女もまた並の修練を積んではいない。


「なら、行こう」


二人は影となり、気配の持ち主を追った。




















「もう少しで当麻の街に着くのですか?」


魏服と呼ばれる、脚部の露出の多い大陸特有の服を着た麗人、紅玉は隣を歩く小柄な、遠眼鏡と呼ばれる仙宝を着用した少女、只深に向かい尋ねた。


「もう後、半日あれば着く言ってますわ、雇った道案内は」


彼女達が出会ったのは、共に当麻の街へと向かう街道だ。
地元の地理に不慣れな紅玉は只深達が同じ目的地である事を知ると、同行を申し出た。

只深としては、知らない人間と道中を共にするのは避けたかったが、伊部の『あの二人、ただ者やないで』という言葉に興味が湧き、彼らの同行を承諾した。

彼女は最近、何故か退屈だったのだ。


「そうですか。本当にありがとうございました」

「やめたって下さい。別に下心があったわけやないですから。旅は道連れ言いますやろ?」

「ええ、そう言えばこの国にはそのような言葉もありましたね」


礼儀正しく、更に人生経験の豊富な紅玉を只深は直ぐに気に入った。
余りにも気に入ったので、護衛として彼女を雇おうと思ったくらいだ。

まあ、丁重に断られてしまったが。


「紅玉さんは大陸の人やのに、倭国の言葉を良く知ってはりますな」

「ええ、夫はこの国の人でしたから」


遠くを見る紅玉。

その態度に、只深は自身の軽率さに舌打ちした。
彼女の夫は既に亡くなっていると彼女は聞いていたから。


「気にしないで頂いて大丈夫ですよ。もう昔の事ですし――」


只深の内心を読んだかの如く、紅玉は薄く微笑む。


「――私にはあの娘がいますから」


紅玉の視線の先には伊部と何かを話している香蘭の姿があった。


「ん?どしたのか?」


二人の視線に気付いた香蘭が首を傾げる。


「いえ、何でもありません。それよりもそろそろ、目的地に到着します」

「そなのか、母上?」

「ええ。ですから、商隊の皆さんに挨拶をしに行きますよ」

「わかたよ」


紅玉の言葉に素直に頷く香蘭。

母娘というのもええもんやな、等と思いながら只深はその光景を見つめていた。


「それでは、私達は他の方々に挨拶に行ってきます」


紅玉は頭を下げると、只深から離れていった。


「はー、誰もいないと暇なもんやな」


両手を頭の後ろで組んで歩く只深。
ややぼんやりした様子で街道を歩く。


「ん?なんや?」


声を上げる只深。

彼女のやや前方には黒い鎧を着込んだ集団がたむろしていた。


「やばいで、只深。あれはこの辺りを支配している狗根国の兵隊や」

「ほんまか?」

「黒は狗根国の象徴や。間違いないで」


いつの間にか只深の横に来ていた伊部の言葉に驚く只深。

無理もない。
彼女達の商隊が運んでいる荷物の中には銅剣やら盾やらが大量にある。
武装集団と思わせるのに問題ない程度の量だ。


「おい、貴様ら、そこで止まれ」

「はい、何か御用でっか?」


集団のリーダー格らしき女性が商隊に向かって静止の声を上げる。
すかさず伊部が波風を立てないように、下手に出て答える。


「我々は狗根国の者だ。この周辺で耶麻台国の残党が集合しているとの報告を受けている。貴様達は何者だ?」

「ただの商人でっせ」

「ふん、それならその荷物を検めさせてもらうぞ。おい、お前達調べろ」


女は後方へと振り返って、武装した兵士達に荷物の点検を命じる。


「了解しました。深川様」


兵士達は駆け足で商隊の荷物へと駆け寄る。


すると、


「深川様!鉄剣、鎧、槍等、荷物の中身は大量の武装です!」


荷物を調べ始めた兵士が声を上げる。


「ふん、決まりだな。貴様ら、連行させてもらうぞ」

「な、ちょっと待ってや!」


女、深川の言葉にたまらず声を上げる只深。


「まだ何かあるのか?」

「どうしてうちらが連行されなあかんねん」

「舐めるなよ、小娘。耶麻台国の残党が蜂起してから既に二日。まさかその噂を知らずにたまたまここを歩いていたとでも言うつもりか?」

「……それは」

「まず知らなかったという事は有り得ない。でなければその荷物を持ってここまで移動してくる理由が無い。では知っていたのならばなぜここにいる?」

「狗根国の皆さん相手に商売しようと思ってたんや」


思いついたように返答する只深。


「ふん、それこそ有り得んな。それだけの武装の売買を現地で直接行うはずがない。狗根国は一括して装備を購入した後、それが各地方の兵士に届けられる。狗根国の人間の手によって、な。つまりはその装備は耶麻台国側への商品。或いは狗根国と耶麻台国の高値をつける相手に売ろうとでもしていたのだろう。違うか?」


深川の言葉は全て的を得ている。
故に只深は言い返すことが出来ない。


「沈黙が証拠だ。おい、お前ら拘束しろ。抵抗したなら殺しても構わん」

「はっ!」


武装した狗根国の兵士達が只深達を取り囲む。


「どないする、伊部?」

「どうもこうもないやろ。このまま行ったら下手すれば殺されるで」

「そやけど――って、なんやねん!うちに触るんやない!」


伊部と会話をしていた只深だったが、狗根国兵が彼女を取り押さえようとしたために、腕を振り払う。


が、只深の抵抗に対して狗根国兵はためらうことなく、その腰の剣に手を伸ばし、彼女に向かって―――


「なにさらすんじゃ、オノレ」


ゴッ


鈍い音がした後、低い放物線を描いて兵士の体が吹き飛んでいく。
重力に従い地面に落ちた兵士の体は、それでも大地との摩擦力によってその勢いを衰えさせる事なく、進行方向にあった木に衝突。
兵士はまるで糸の切れた人形のようにだらしなく、四肢を伸びきらせて生命活動を停止した。

その現象を起こしたのは只深の前に立つ痩身の男、伊部だ。


「うわ、死んでもうてるやんか、伊部。どないするねん?」

「いやそうは言うても、ワイが止めに入らんかったら只深が死んどったで」

「そうか。ならしゃーないな」

「おう、そやそや」


呆然とする狗根国兵の視線をよそに只深と伊部はのほほんと会話を続ける。

まるで喜劇か何かだ。


「貴様ら、何をしたのか解っているのか?」


二人を睨みつけながら深川。


「はっ!殺されかけて黙っていられるかっちゅうねん!」

「殺すつもりなら殺される覚悟も必要ってなことやで、お嬢ちゃん」


啖呵を切る只深と、その横で頷く伊部。
その態度には余裕すら感じる。

もしかしたら自棄になっている可能性もあるが。


「……命令の変更だ。こいつら全員――殺せ」


冷気を含んだ声で深川。


「皆、いてもうたれや!」


商隊の面々に向かって只深。


商隊と、狗根国兵がぶつかり合う。


そう思われたが――


「ごはぁっ」


吹き飛ぶ狗根国兵士。

先ほどと同じくゴム鞠のように跳ね飛び、深川の前で止まる。


「私達も参加させてもらいましょう。香蘭、いいですね?」

「母上、わかたよ」


不敵に、そして妖艶に笑う紅玉。
一触即発まで膨れ上がった場の雰囲気を、更に上から押さえつける圧倒的なプレッシャーを放出しながら彼女は薄く微笑む。


「ええんですか?狗根国からお尋ね者にされますで?」

「ええ、どちらにしても耶麻台国側に付くつもりでしたから。特に問題はありません」


問いかける只深に頷く紅玉。
世間話をするかのような二人の会話ではあるが、狗根国兵は間に入る事ができない。

紅玉、伊部、香蘭の三人が常人の行動を許さないだけの闘気を発しているためだ。
微笑みながら、敵に向けてだけ闘気を発する紅玉に至ってはすでに人の域を超えている。


「く……」


深川とてその圧倒的な戦力差を肌で感じ取っていた。
故に踏み込めない。

一方的な膠着状態が続く。


が、


「そこに隠れている人も出てきてもらえないでしょうか?」


街道に沿って生い茂る木々。
その一点を見つめて紅玉が口を開く。


「……はい?何を言うてますのや?」


誰一人、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


しかし、


「気配が漏れてましたか?」


木の枝の上から二つの黒い影が跳躍し、トンッという軽い足取りで着地。
一人は蒼い服に隻腕の男、九峪雅比古。
もう一人は黒装束に身を包んだ女性、清瑞だ。

九峪は着地した後、驚く者達を気にする事なく紅玉に問いかける。


「ええ、僅かにですが。それでも見事な隠行ですよ」

「貴方の様な美人に褒めてもらえるとは嬉しいですね」

「お世辞が上手ですね」


軽薄に笑う九峪に対して、ころころと紅玉は微笑む。

だが、一部の人間は二人が決してある程度の距離までしか近づいていない事に気付いた。
恐らくそれは二人の間合い。


「それで、あなた方は?」

「俺達は耶麻台国の人間になります」

「まあ、それは本当ですか?」

「ええ。証明も兼ねて、こいつ等を倒すのを手伝いましょうか?」


先ほどの紅玉と同じく不敵に笑う九峪。


「それなら私と二人で、彼らの相手をしてみますか?」


紅玉は九峪の実力を誰よりも敏感に計りとっていた。
恐らくは紅玉にやや劣るか、同等の実力であると。

故に不確定な存在である彼と他の人間が共闘するのを避けた。
彼女以外の人間では九峪という男に対処ができないと悟っていたからだ。


「いいですね」


あっさりと頷く九峪。
頷きあった九峪と紅玉はその体を狗根国兵士達に向ける。


「香蘭、伊部さん、守りを頼みます」


後方の只深達に向かって紅玉。


「そこの彼女達の護衛を頼む。清瑞、できるか?」

「ふん、当たり前だ」


同じく九峪。


「さて、始めましょうか」

「そうですね」


二対伍十の戦いが始まった。