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「報告します、北に狗根国軍の姿が約六百。あと三日もあれば、ここ当麻の街まで到着するかと思われます」


数日前まで、当麻の街の留守の間であった部屋。
現在、その部屋は『耶麻台国再興軍』の幹部達によって、今後の作戦方針を決定するための会議が行われていた。

上座から見て左手に宗像系列の幹部が、上座に近い場所から、星華、亜衣、衣緒、の順に並んでおり、右手には仙人の里出身の幹部が、同じく上座に近い場所から、藤那、志野、閑谷、の順に並んでいる。

志野においては仙人の里の出身では無いが、再興軍が当麻の街を制圧した時に、牢に入れられていた彼女は救出され、一目見て彼女の大まかな力量を見抜いた藤那に頼み込まれて、藤那の部下として働いている。

ちなみに、上座に座ることができる身分の者がいないため、上座には誰も座っていない。


「それは間違いないのか、亜衣?」


亜衣の報告に対して問い返す藤那。


「残念ですが、間違いありません。情報の入手には力を入れるために、狗根国との戦いを生き延びた古参の兵を使っています。ある程度の誤差が生じたとしても、それは百を越える程のものではありません。少なく見積もっても五百、逆に多く見積もったのならば七百。敵兵の数はその範囲かと」

「けれど亜衣。いくらなんでも対応が早すぎないかしら。まだ、当麻の街を落としてから一日と半日。少なくとも征西都督府まで情報が伝わるのに三日。往復や、命令の伝達まで考えれば私達には七日程度の時間的な猶予があったはずじゃないの?」


亜衣の言葉に星華が口をはさむ。
そして彼女の言葉は正しい。
この時代、九州を縦断するのに、少なくとも三日は必要である。


「その通りです。しかし、現実に狗根国兵は我々のすぐ近くまでやって来ています。方法は解りません。何かしらの手段を使っているのでしょうが、今はそれよりも重要な事があります」

「狗根国兵六百への対応だな」


言葉を区切った亜衣に、横から藤那が続ける。


「その通りです、藤那様。我々の兵数はおよそ百五十。当麻の街の若者に呼びかけたとしても、二百に届くかどうか怪しいものです。更には、その兵士の殆どがろくな武装をしていません。実質的には再興軍兵士十人で、狗根国兵士一人の戦力に相当していると考えたほうがいいでしょう」

「……ということは、単純に考えて六百対二十の戦力差ということですか、お姉さま?」

「そういう事になるな」


衣緒の言葉に苦々しげに亜衣。


「それで、亜衣はこの事態でどうすべきと考えているのだ?」


覗き込むような視線を亜衣に向けて藤那。


「私は一度、この街を撤退しての不正規戦に持ち込むべきだと考えます。兵の数、質のどちらも相手が上回っている以上、真正面から勝負を挑むのは愚策でしかありません」

「山中や街中に一度、紛れ込んでからの不正規戦か……確かに悪くない、というよりもそれ以外に手はないな」


亜衣の言葉に頷く藤那。

概ね、再興軍の会議はこの二人を主軸にして行われている。


「なら、直ぐにでも撤退の準備をしたほうがいいかしら、亜衣?」


その場に居た人間が具体的な撤退方法を考え始めていた。


が、


「それはお勧めできないな」


突如として、若い男の声が聞こえてきた。


「何者だ!」


留守の間の天井に向かって亜衣。
傍らでは既に立てかけていた槌を構えた衣緒の姿がある。


「よっと」


軽い身のこなしで青年が梁から飛び降りてくる。

蒼い衣服の青年、九峪だ。


「貴様、どうやってここまで入ってきた?」


星華の前に立ち問う亜衣。

隣では同じく、藤那の前に双龍剣を構えた志野の姿がある。


「こう、天井裏からこっそりと」


奇妙な手振りをしながら答える九峪。
とても怪しい。


「衣緒、捕まえろ。痛めつけても構わん」

「はい」


木槌を構えた衣緒は九峪に向かって手加減無しの一撃を繰り出す。
その一撃が九峪の体を捕らえた――


誰もがそう思った――


しかし、


「痛いのは止してくれ。それに俺は敵じゃない」

「くぁっ」


ガタンッという重い物が落ちる音がした後、木槌を握り締めていた衣緒の腕をひねり上げた九峪の姿があった。
九峪は衣緒の右手首を彼女の体の後ろにひねって固定し、尚且つ彼女の右腕を極めている九峪自身の右腕で、衣緒の左手を上から押さえつけて動きを封じていた。

見方によっては抱き合っている男女にもみえる。


「何をしている、衣緒!力比べでお前が負けるわけがないだろう!」


声を上げる亜衣。
自らの妹である衣緒の力を誰よりも知っているが故の言葉だ。


が、


「む、無理です。びくともしません」


衣緒は精一杯、九峪の拘束から逃れようと動くが、九峪は彼女を右腕一本で抱きしめ、放さない。
がっちりと彼女を固定している。


「衣緒!」


拘束された妹の姿を見て、亜衣は九峪に向かって駆ける。


すると、


「……我々は敵ではない」


亜衣の目の前に黒装束に身を包んだ清瑞が着地して言葉を発する。

身構える亜衣。


「雅比古、早くその人を解放しろ。話が面倒になったらどうする気だ?」


清瑞は亜衣を一瞥した後、直ぐに振り返って冷たい口調で九峪に告げる。


「いや、俺が攻撃されていたんだけどな」

「貴様のことなど知らん」


突然現れて口論を始めた二人の男女に一同は唖然とする。
特に九峪に抱きとめられた衣緒は混乱の極みだ。


「お前達は何者だ?」


二人に向けて一番早く混乱から抜けだした藤那。


「俺達は耶麻台国副王、伊雅の遣いだ」

「伊雅様の?それは本当?」


九峪の言葉に疑惑的に星華。


「ああ、正真正銘の遣いだ。それで今回は――おおっと、その影から方術を放とうとしている少年。止めてくれ。怖いお姉さんに刺されるぞ」


星華に顔を向けたまま、後方に声を出す九峪。
そこには九峪達の死角に回り込み、術を放とうとしている閑谷がいた。

行動がばれた閑谷は藤那の元へと戻る。
その場において、九峪と志野しか気付かなかったが、閑谷が藤那の元に戻った瞬間に清瑞は持っていたクナイを音も無く黒装束の中にしまった。


「それで話を続けるが、あんた達は撤退を考えているようだが止めたほうがいい」

「何だと?」


睨むような視線で亜衣。


「何故って、撤退した瞬間にあんた達の敗北が決まるからさ。まだ、気付かないのか?狗根国側は今回のあんた達の蜂起をわざと起こさせたんだよ」

「何ですって!」


九峪の言葉に過敏に反応する星華。


「まさか、この街に向かって来ている五百強の狗根国兵の集団に気付いてないわけじゃないだろう?なんで奴らがここまで迅速に行動できたか――答えは簡単、奴らがこの事態を想定していたからだ」


ゆっくりと、だがはっきりと九峪は説明していく。


「……再興軍はおびき出されたという事ですか?」


九峪の話に一番速く反応したのは志野だった。
彼女は構えを解くことなく九峪に問いかける。


「そういう事さ」

「それが何故、撤退すべきではないという意見につながるのですか?」


九峪の今までの説明では撤退に関して触れていない。
その事に唯一気付き、指摘する彼女の頭の回転は相当なものであるといえる。


「まず不正規戦に持ち込むのならばしっかりとした地盤、つまりは九洲の民からの信頼が必要となる。あんた達が蜂起も何もしていない状態だったのならば問題は無かったが、既にあんた達は当麻の街を占領してしまった。その時点でもう撤退してからの不正規戦には持ち込めなくなっているんだよ」

「どういう事だ?」


志野に続いて藤那の声。
彼女は途中から九峪に敵意を向けるのを止め、彼の話をじっと聞いていた。


「つまりはだ、当麻の街を制圧して、その街の住人を救ったあんた達はそこで英雄となったわけだ。だが、その英雄は狗根国の兵士がやって来たら尻尾を巻いて逃げてしまう。一度期待した人間に対しての落胆は大きい。恐らく、撤退してこの街の住民が仕置きされた時点であんた達の味方につく九洲の民はいなくなる」

「不正規戦なのだから退いて当然でしょう!」


九峪の説明に対して星華。


「そんな事が一般人に解るわけが無いだろう。それとも彼らに逐一、私達は不正規戦をやって頑張っています、とでも宣伝するつもりか?それをやったら情報が漏れてあんた達は終わる」

「けれどっ!」

「解っている。あんた達は九洲のために命を賭けて戦うのだろう。だけどな、その全ての努力を九洲の民が理解する事も不可能なんだ」


星華は耶麻台国の王族として狗根国と戦おうとしている。
それだけに九峪の言葉は辛いのだろう。

だがやはり戦術的な知識が無い人間から見れば、不正規戦のための撤退もただの撤退に見えてしまう。


「それで一体、何が言いたい?」


無言で佇む清瑞の前に立つ亜衣。


「それが本題なんだが、一緒に狗根国兵を倒さないか?」


軽い口調で九峪。
まるで買い物に行く程度の話をしているようだが、実際の内容は洒落にならない。


「……詳しく話してみろ」


吟味するかのような視線を向ける藤那。


「ああ、まずはこちら側の――」

「……あの」


待ってましたと話し始めた九峪だったが、控えめな声に阻まれる。


「ん?」


九峪は自分の胸元に顔をうずめる――正確には押さえつけられているだが――衣緒を見つめる。


「私達が敵ではないのならば、放してくれると嬉しいのですが」


衣緒はやや頬を赤らめながら言った。

彼女は慎み深い性格であるので、今まで至近距離で若い男の顔を見たことがなかったのだ。
付け加えるならば、彼女は自分よりも力が強い男を見たのは人生で初めてだ。


「ああ、悪かったな」

「いえ、どうも」


それまで衣緒のことを忘れていた九峪は、すぐさま彼女を解放した。

解放された衣緒はそそくさと九峪から離れて亜衣の元へ向かう。


「……えーと、どこまで話していたんだっけ?」

「共闘の部分までだ。それくらい覚えておけ」


勢いを止められて、少し調子を狂わされた九峪に対して清瑞。
相変わらず、触れれば斬られそうな冷たさだ。


「ああ、そうだった。まずはあんた達にはこの街で籠城してもらいたい」

「それで?」

「その間に俺達、伊雅側の人間は狗根国軍にまで広まるように大々的な噂を流す。『当麻の街の再興軍を率いているのは火魅子だ』っていう噂をな」

「……それは敵兵の士気を上昇させるだけではないか?」


腕を組み、九峪の話を思案していた藤那。

確かに、特に意味は無いように思える。


「そこが狙いなんだ。火魅子がいるとなれば奴らはこの街の周囲を取り囲む完璧な包囲網を形成するだろう。ならず者が再興軍を率いているのならば、狗根国側は少し驚かして追い出そうとするだけで終わるだろうが、火魅子がいるとなれば、そうはいかない」

「……包囲網を形成されれば逃げられなくなるぞ?」

「そう、確かにあんた達は逃げられなくなる。しかしここで俺達に利点が生まれる。何か解るか?」


まるで相手の反応を確かめるかのように九峪。


「横から失礼。つまりは敵本陣が薄くなるという事だな」


考え込む藤那の横から亜衣。


「そう。敵が火魅子の噂に気を取られれば、それだけ注意は中に向き、更には誰も逃がさないための包囲網の形成に兵力を割かなければならなくなる。だから当然、敵の本陣は丸裸になっていくわけだ」

「その丸裸になった本陣を伊雅様の軍勢が叩く、と?」

「その通り」


頷く九峪。
確かに理にかなった作戦ではある。
どれだけ戦力差があったとしても、司令部を叩かれれば戦は負ける。


「……それならば勝てる可能性はある。だが伊雅様の兵力はそれを実行できるだけのものなのか?」

「客観的に見て、少なくともあんた達よりは成功する可能性が高い」

「な……」


不躾な九峪の言葉に星華が何か反論しようとするが、


「いや、あんた達を悪く言っているつもりはない。ただ、伊雅さんの周りには狗根国との戦を経験した玄人が多い。実際に兵士としての練度はどうしても伊雅側の方が高くなる。解るだろう?」

「それはそうでしょうけど」

「その証明として、俺達がここまで忍び込んできたわけだ。少なくとも伊雅側ならここまで楽に外部の人間を侵入させない」


九峪達がわざわざ正規の手段を踏まずに侵入してきたのは理由がある。
相手に、伊雅側の戦闘能力を認識させるためであったのだ。

九峪には面倒だからという理由もあったかもしれないが。


「確かにな……そちらのほうが奇襲には適しているし、戦闘慣れしてもいるのだろう」


冷静な藤那の声。


「それで返答は?」

「……実際は逃げたほうが生き残る確立は高いんだが。いいだろう私は乗ろう。星華殿はどうなされる?」


何処か生き生きとした表情で藤那は頷き、隣の星華に向かい問う。


「無論、私達もその話に乗らせてもらいます。いいですね?亜衣、衣緒」

「特に異論はありません」

「星華様のお好きなように」


藤那に対抗するように胸を張って答える星華。
亜衣、衣緒もそれに頷く。


「そうか、そいつは良かった」


九峪は軽く笑う。
実は彼は内心ほっとしている。


「それで、詳しい話だが――」

「――ふむ、そこで我々が――」

「ならば、私達の出番も――」

「……そうですね。出る合図はそちらから――」


九峪、藤那、星華、亜衣の四人が詳しく計画の細部を詰めていく。


「――まあ、こんな感じか。それじゃあ、俺達は伊雅さんの所に帰るからな」


天井の梁に飛び上がり九峪。
同じく清瑞も続く。


「少し待て、お前達の名前は?」


腕を組みながら藤那。


「ああ、言い忘れていたな。俺の名は雅比古。年齢不詳、素性不明の旅人だ」

「……伊雅様付きの乱波、清瑞」


どうせ伊万里達に怪しまれているので敢えて適当な説明をする九峪と、言葉少なく答える清瑞。


「雅比古、お前は伊雅様の部下ではないのか?」

「残念ながら違うな」


旅人という言葉に気付いた藤那は九峪に向けて再度、問う。


「それならば都合が良い。どうだ、私の部下にならないか?」

「……この状況で普通、怪しい男を部下に引き抜こうとするか?」

「こんな状況だからこそだ」


呆れたような口調の九峪に対して笑って藤那。


「いや、あんたは凄い女になるな。けれど悪いが辞退させてもらおう。こう見えて、耶麻台国に力を貸すのは目的があるんでな。それが終わればこの場所からいなくなる俺が、誰かに仕えるわけにはいかない」


苦笑しつつ九峪。


「そうか、心変わりしたらいつでも腹心として歓迎するぞ」

「食うのに困ったら、その時は頼む」


九峪はその言葉を最後に天井裏の闇に姿を消した。

いつのまにか、清瑞の気配も消えている。


「惜しかったな……使えそうな男だったのに。そうは思わないか、志野?」

「そうですね。しかし、彼が敵でなくて本当に良かった」

「うん?どういう事だ?」


神妙な面持ちの志野をいぶかしみ藤那。


「閑谷君の奇襲に気付いた事もそうですが……何より、私が彼に三回、隙を見て仕掛けようとしたのですが、その三回ともが身動きする事無く、殺気だけで牽制されました」

「なんだと、いつの話だ?」

「皆さんが会話をしている時です。攻撃する意思のあった私だけに限定しての殺気でした。彼と一緒に居た女性なら私でもどうにかできるかもしれませんが、彼と戦えば一太刀交える事が出来るかどうか……」

「お前程の腕でもか?」


志野は藤那の部下になる時に、仙人の里の若者十数人を、一撃も喰らう事無く叩き伏せている。
だから、藤那は志野の言葉が信じられなかった。

彼女は九峪の実力を少々の使い手程度だと考えていた。


「……私も、気が付いた時には手首の関節を極められていました。確かに、槌が彼の体を捉えたと思ったのですが……。それに筋力も尋常ではありませんでしたし。私がまるで子ども扱いでしたから」


控えめながら衣緒。


「現在、敵でないのなら問題は無いでしょう。それよりも我々は当面の敵である狗根国を破らねばならないのですから」

「そうね、亜衣のいう通りね。準備を進めましょう。時間は限られているのだから」


その言葉で彼らは注意を九峪から、再び狗根国に向け、個々人の持ち場へと散っていく。

一人、その場所に残った亜衣は、


「あの衣服の審美眼……侮れんな」


やや違う方向も見つめていた。