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 当麻の街から美禰の街へと向かう道のりには二つの選択肢が存在している。
 一つは当麻の街より東へと向かって児湯の街を通り、続いて海岸線に沿って北上して去飛の街を経由して南より美禰の街へと入る表街道。そしてもう一つは、当麻の街から内陸部へと迂回しながら北上して、後に北東より美禰の街へと入る裏街道である。
 各街を間に挟んでいる表街道は当然ながら多用されるために人の手による整備が進んでおり、逆に裏街道は使用される頻度が少ないために余り整備されておらず未整備に近い状態となっている。
 そのために商隊や旅人といった、街から街へと移動する者達は整備された表街道を使用する。裏街道を使用することは少ない。裏街道を使用する者達は、せいぜいがその近くに散在する村の山人達ぐらいである。
 つまりは、通常ならば移動の際に裏街道を念頭に置く者は少ない。
 だが、今回の復興軍は美禰の街を陥落させるにあたって裏街道を用いた。
 裏街道を用いて北東から――どのような方法を用いたのかは不明であるが――あらかじめ制圧しておいた城門へと突入した侵攻作戦。あっけないほどの僅かな時間で美禰の街は陥落した。
 この作戦における肝は二つ存在している。
 一つは北東からの侵入。
 当麻の街で蜂起が起きたという情報を入手していた美禰の街の留守達は、当然のように北上してくるであろう復興軍を警戒して南方へと目を光らせていたはずだ。だが復興軍が北東から攻め入ることによってその警戒が仇となった。
 警戒するということは、言い換えれば多めに人員を配置するという事である。そしてそれは反対側の人員が削られるということも意味している。そのために、南方へと注意が向いていた美禰の街の兵士達は、裏街道を用いて大きく迂回することにより北東から侵攻してきた復興軍の発見が遅れる事になった。―――いや、むしろ戦闘の進行状況から判断して復興軍の接近を発見することはできなかったのだろう。そう考えられるほどに美禰の街は簡単に復興軍の手に渡った。
 二つ目は騎馬隊の存在。
 復興軍は騎馬を用いて美禰の街へと侵攻してきた。それはこの戦闘では大きな意味を持つ。
 ただの攻城戦ならば騎馬は作戦の根幹とはならないが、今回に至っては別である。何故ならばこの騎馬隊は裏街道を通って美禰の街へとやってきたと考えられるためだ。
 裏街道は人通りが少ない。そのために整備されていない荒れた道となっている。そんな未整備に近い道を通ってきた騎馬隊というものは賞賛に値する。
 騎馬が力を発揮するのは主に平坦な草原や更地であることは知られている。それは馬という動物は起伏の多い地形を移動するのが難しいという特性をもっているためだ。それにも関わらず、荒れた裏街道を通って騎馬隊はやってきた。復興軍には余程良い馬が揃っていると考えるのが妥当である。
 つまりは、
 
「―――侮れないってことになるのかな」

 忌瀬は頭の中で現状を簡潔にまとめた後に呟いた。
 彼女がいる場所は美禰の街の兵員募集所である。
 一刻ほど前に火魅子の血族であるという藤那と呼ばれる女性が街の住民へと向かって解放宣言を行った後に、美禰の街では復興軍へと参加する意思のある者達が募られた。見栄えのする鎧を着込んだ大柄な女性武将による兵員の募集には多くの街の若者達が殺到した。
 その流れに沿って忌瀬達も復興軍へと潜り込もうと指定された場所へと向かったわけなのだが、どうしたことか都合が良いことにその場所では一般兵士だけではなく他の技術職の人間も募集されていた。例を挙げれば、術を使える方術師であったり、剣を造れる鍛冶師であったり、負傷者を治療できる薬師であったりの人間が別枠として募集されていたわけだ。しかも待遇としては一般兵士よりもやや優遇されていた。忌瀬にとっては大当たりである。
 そのために「大々的な戦闘における一般兵士以外の補助的な人員の重要性も復興軍の幹部は理解しているってことかな」などと考えながら忌瀬が真姉胡を伴って薬師志望者の待合所へと訪れると、係員らしい兵士に少し待てと言われて現在に至っている。
 その場所では忌瀬の他にも何名か怪しい格好をした男達がたむろしていた。恐らくは全員薬師志望者なのだろう。

「ねえねえ忌瀬さん、もしかしたら競争率高いかもしれませんね」

 真姉胡は周囲に聞こえないように声を小さくして言った。視線は近くにいる男達へと向いている。受け入れ人員に制限でもあったら厄介だとでも考えているのだろうか。
 その場所に集まっている人間は七、八名。普通に考えると全ての人間が薬師として雇われるとは思いにくい。何人かは脱落者が出るだろう状況だ。だが、

「まあ、大丈夫だろう」
「やっぱり自信ありってことですか?」

 ちらりと周囲を一瞥した後に興味無さそうに言った忌瀬の言葉に、すかさず真姉胡が質問する。

「いや、そもそも―――」

 だが、忌瀬は首を小さく振って何事かを口にしようとして―――

「全員、注目!」

 と、そこで待合所の兵士が鋭い声を上げた。忌瀬の言葉が遮られる。
 だらだらとすることも無くその場所に佇んでいた人間たちは一斉に兵士へと顔を向けた。兵士の隣にはいつの間にか一人の男が立っていた。奇妙な青い服を着た、薄ら笑いを浮かべた男が。

「あの人って、もしかして―――」
「ああ、あの時の奇術師やってた男で間違いないね」

 その顔に忌瀬は見覚えがあった。旅芸人を名乗る怪しい一座の一人、確か雅比古と名乗っただろうかと記憶を掘り起こす。

「はい、それじゃあ集まってもらって早速ですけれど、これから薬師の審査をさせてもらいます」

 直立不動の兵士を脇に置いて、青い服の男、雅比古は言った。その視線は集まった人員の誰にでも向いているようであり、誰にも向いていない。

「審査、と言うと?」

 集まった人間の中の一人、あごにひげを生やした壮年の男が声を上げた。何人か他にも同じ事を尋ねようとしていたのか、同様の視線を雅比古へと向けている。

「まあ、最低限薬師としての実力が備わっているかどうかを試させて貰うための審査です。こっちも能力の無い薬師を抱えるだけの余力は無いですからね」

 雅比古の言葉は最もだ、と忌瀬は頷いた。一般兵とは違って技術職として雇われるからには規定を満たすだけの最低必要限の能力が存在するかを調べる審査はどうあっても必要となる。
 どうせなら思いっきり難しい審査にして他の人間の殆どを振るい落としてくれれば良いとさえも忌瀬は思った。薬師の総数が少なくなればなるほど復興軍内で動ける行動範囲が広がっていくからだ。勿論その思考は薬に関しての審査で自分に並ぶものなどはいないという自信が裏打ちされているのだが。
 忌瀬の他にも、質問をした壮年の男を含めて何人か納得しているのか頷いている人間がいる。逆に動揺している人間もいたが、そんな人間は薬師を名乗って甘い汁でも吸おうと考えていた人間だろうと、視線を動かして周囲を見渡しながら忌瀬は判断した。

「それじゃあ時間が惜しいから早速にでも審査に入らせてもらいます。審査は個別の口頭審査で、それと薬師を名乗るからにはある程度の薬は手持ちにあるでしょうから、その説明もしてもらいます。審査の順番はこちらで指定させてもらいますから、係の兵士に呼ばれたら、あっちの天幕まで来てください」

 そう言った後に雅比古は、待合所を離れて近くに建てられていた天幕へと移動していった。
 それと同時に係の兵士の一番近くにいた若い男が呼ばれた。その男は青い顔をしている。「審査があるなんて考えていなかったんだろうね、御愁傷様」と忌瀬は内心で呟く。

「審査だなんて、まるで天目様の親衛隊の入隊審査みたいですね」
「うん? ああ、確かに似ているかもしれないね。ただ難易度はこっちのほうが格段に易しそうだけど」
「そうなんですか? ―――って、早速青い顔して出てきましたよ、最初の人」

 真姉胡の言葉に従って忌瀬が天幕へと顔を向けると、最初に呼ばれた男が引きつった顔で逃げ出すように天幕から出てきていた。服の袖口は軽く切り裂かれていて、顔面は蒼白。逃げ出しているようにも見える姿だった。―――いや、実際に逃げ出しているのか、と忌瀬は推測した。
 ごくりっ、と忌瀬と真姉胡ではない他の誰かが喉を鳴らす。

「大方、待遇に惹かれて薬師を騙った事がばれて追い出されたってところだろう。あの狼狽した様子からして剣を突きつけて脅されるくらいはしたのかもね」
「はあ、だったら自業自得ですね。首を切られないだけましなのかもしれませんけど」

 故意であるのか「首を切られないだけまし」の部分だけ周囲に聞こえるように声を大きくして真姉胡が言った。何人か明らかに自信が無さそうだった男達の顔が更に青くなって行く。あと少しでも突付かれれば逃げ出すことは確実だ。
 その男達の表情の変化を眺めながら忌瀬は、意外に真姉胡も狡猾なんだな、とか呑気な事を考えていた。自分だって「剣を突きつけて脅される」の部分だけは周囲に聞こえるように大きな声で呟いたにも関わらずだ。

「次、そこの男!」

 そして係の兵士もその辺りを理解しているのか、顔色の悪くなった男に向かって天幕へ向かえと声をかける。
 追い詰められていた表情をしていた男は更に顔を暗くした。まるで喉元に刃物を突きつけられているかのように怯えた姿だ。

「どうした、早く行け! まさか謀っていたのではないだろうなっ! そうだとしたら容赦せんぞっ!」

 相変わらず直立不動で帯剣した兵士が朗々とした声で、顔を青くした男に言った。その迫力のある声を聞けば、心に疚しいモノがある人間は逃げ出してしまうだろう、と、心の中で復興軍に侵入するという算段を持っている忌瀬は思った。
 そして、その考えは正しかったらしい。

「……す、すみませんでしたぁ!」

 暫くの間、呼びかけられても震えるだけで動こうとしなかった男だったが、情けない声を上げると一目散に待合所を飛び出していった。待遇目当てで薬師を名乗ったことはその行動からも明らかだ。

「―――まさか他にも薬師と偽っている者はいないだろうな。今ここで審査を行っている雅比古様は、復興軍の幹部。その多忙なお方が時間を割いてまで行っている審査を遅滞させたとなったら首の一つや二つは飛ばさせてもらうぞ」

 じろっと、待合所に残った面々を威圧的な視線で見下ろす兵士。
 その視線を受けて二、三人の男が「実は今日は薬を持ってくるのを忘れてしまいました」とか、「きょ、今日は日が悪そうなのでまたの機会にさせてもらいます」などと言って席を立って出て行った。係の兵士の返事も聞かずに、それはもう全力疾走に近い速度で遠くへと逃げていく。
 後に残ったのは、忌瀬と真姉胡を含んで四人だけだった。

「あらら、一気に数が減っちゃいましたね」
「審査がやり易くなったってものじゃないか」
「確かにそうですね。これなら直ぐに終わるかも」

 忌瀬と真姉胡は逃げ出した者達のことなど歯牙にもかけずに談笑する。そしてそれは残った二人の男も同様である。
 流石に兵士の眼光を受けても席を立たなかった者たちは全員が肝が据わっている。というよりも薬師としての自信があるのだろう。どっしりと構えていてその場所を動かない。

「この次の審査は誰からになるのですか?」

 最初に質問した壮年の男が、悠然とした態度で係の兵士へと尋ねた。その質問の態度からは、残るべき人材が残ったという印象を受ける。
 そしてその質問を受けた兵士は、

「少しここで待っていろ。今から雅比古様を呼んでくる」

 それまでの威圧的な眼光を打ち消して、朴訥とした声を出して答えた。そして、その場所を離れて天幕へと向かう。いつの間にかその兵士からは周囲に振りまかれていた厳つさが消えていた。

「あれ、審査は天幕で行われるはずなんですよね?」

 と、そこで真姉胡が首を傾げた。
 審査は天幕内で行われるという話だったにも関わらず、兵士が天幕へと向かって、待合所に審査を受けるべきものが残されてしまった事を疑問に思ったためだろう。忌瀬もまた言われて気がついた。

「ああ、そういう話だったけど―――」

 忌瀬と真姉胡が顔を向き合わせて話をしている途中、天幕から忌瀬達の前へと兵士が薄ら笑いを浮かべた雅比古を連れて戻ってきた。雅比古はにやにやと笑っていた。その表情はまるで詐欺師だった。
 まるでその顔は、仕掛けた罠に獲物がかかったことを見届けるような、

「―――あ゛」

 忌瀬はその瞬間に騙されたことを悟った。変な声が口から漏れる。上手く乗せられてしまったことに気がつく。
 しかし、そんなことなど気にもしないで雅比古は、待合所に残っていた面々の前へと進み出て、

「それじゃあ、ここにいる人間の全てを合格者とさせてもらいます」

 当然のように言い放った。
 雅比古の言葉に忌瀬を除いた三人が驚きの声を上げた。

「それはどういうことですか? 確か審査があるはずでは?」
「審査なら既に行いました。その結果、ここにいる人間が合格者となったわけです」

 壮年の男の質問に、雅比古は簡潔なようで解りにくい返答をする。というよりも、敢えて遠回りな回答を口にしているようにも思えた。
 忌瀬の隣の真姉胡もまるで解らないといった表情だ。

「忌瀬さん、どういうことか解りますか?」

 だけど忌瀬だけは、雅比古の言葉の意味を正確に理解していた。あっさりとペテンに引っかかってしまった事を内心で悔しがりながらも。

「ああ……つまりは、あそこの兵士がやけに薬師志望者を怯えさせるようなことをしていたのが試験ってことだろうね」
「へ?」
「つまり、天幕で試験があるなんて最初から嘘。こっちの待合所で兵士が脅したり睨んだりすることで薬師としての自信が無い人間は自分から逃げ出すような状況を作り上げておいて、それでも残った人間は薬師としての実力有りとして合格にする、ってところになるのかな」

 はあ、と大きなため息をつく忌瀬。
 彼女は上司である天目にでも騙されたような気分になって少し沈んだ。

「大正解。だけど、こっちも解ったか?」

 忌瀬達の会話を聞いていたのか頷いた雅比古は、それから誰かに向かって手招きした。
 すると遠くから一人の男がやって来た。その男の袖口はすっぱりと切られている。その男には忌瀬にも真姉胡にも見覚えがあった。

「……一番最初に呼ばれた人」
「そう。実はこいつも復興軍の兵士だったってわけだ。待合所にいた人間の精神状態を揺さぶるための布石ってところかな」

 雅比古がそう言った時点で、その場に残っていた薬師志望の人間達は全てを理解した。
 薬師という職業は知識さえあるならば、戦場に置いて矢面に立つ必要も無いし、絶対数が少ないために一般兵士と比べても重宝される。そのために薬師の募集を行えば、血を流したくないが金は欲しいと言った毒にはなっても薬にはならない種類の人間が集まってしまう可能性がある。だからこそ、そんな邪魔にしかならない人間を追い出すために復興軍は一芝居うったのだ、と。
 最初に顔面を蒼白にして逃げ出した男は復興軍の人間で、復興軍を騙せばただではいかないと言う事を暗に示すための布石。そしてその状況で挙動不審になった怪しい者達は、逐一表情を観察していた係の兵士にたたき出されるという段取り。
 騙されたと思うと同時に、確かにこの方法なら確実性はある、と大半の人間が思った。
 サクラを使って場を混乱させることで本物と偽者を振るい分ける方法。金目当ての偽者などは直ぐに除外する事が出来る。

「全員が理解したことだろうから次の指示になるけれど、―――これから皆さんには復興軍付きの薬師として働いてもらう。ただ、その詳しい説明については別の場所で行うから、この兵士の指示に従って移動するように」

 真姉胡などはまだ目をぱちぱちさせていることを気にもせずに、雅比古は堂々と言った。

「それでは私に付いてくるように」

 そして係の兵士は背を翻して別の場所へと向かい始める。残った四人の内、男二人は立ち上がり兵士の後ろへとついていった。どうやら何が起こったのかを理解し、それで復興軍は信頼するには値するとでも判断したのだろう。心なしか動きが機敏になっている。
 だが、しかし。
 忌瀬はその場所を動かなかった。
 この状況を考えていくと一つの疑問が生まれたためだ。

「どうした? 何か他に質問でもあるのか?」

 その様子を見た雅比古が声をかける。
 その声を聞いた忌瀬は口を開いて尋ねた。

「この方法なら確かに偽者を追い出すことは出来るでしょうけど、残った人間が本物だとは限らないとは思わなかったんですか?」

 自信が無い者達に精神的な揺さぶりをかけることで追い出してしまえば、残った人間は自信がある者達となる。そこまではいい。だけど、そこに残った自身のある者が実力を正しく伴っているかどうかは解らないはずだ。そう忌瀬は考えていた。ゆえに尋ねた。
 最もな質問ではあるが、この場でその疑問に即座に思い至った忌瀬の思考力には並々ならないものがあると言えるだろう。
 ただ、本来ならこれは間諜となる人間がとるべき行動ではない。そんなことをして目立ってしまうことなどは今後の行動の妨げにしかならないためだ。―――が、忌瀬は違った。彼女の行動原理には興味と言うモノが大きく関わってくる。そして忌瀬は、ここまで大仰な仕掛けを考えた人間が、その事実には頭が回っていなかったどうかが気になっていたのだ。
 彼女の頭の回転の早さを窺わせる一面であると同時に、彼女の異なった行動基準を窺わせる一面でもある。

「へえ、どうしてそう思うんだ?」
「解りませんか?」

 復興軍の幹部である雅比古の質問に対して疑問を返しながら忌瀬は、相手の底を探り観察していた。目上の人間の質問に質問で返すなど無礼に当たる。これで怒るようなら底は浅いのだろうけれど、そう考えながら。だが、

「はっ、まるで俺が試されているみたいだな。―――だけど、まあいいか。正解はあんたの腰にあるそれだよ」

 雅比古は気分を害した様子も見せずに、忌瀬の腰にぶら下げてある青銅製の小さな筒を指差した。

「これですか?」
「そう、それ。その中に入っているの薬だろう?」

 最初に比べてやや砕けた言葉遣いになった目の前の雅比古は、今の方が地に近いのだろうかと忌瀬は考えた。が、それはまだ判断がつかない。

「どうしてそう思ったんですか?」
「さあ、な。とか言ってみたい気もするんだが、まあ少しぐらいはこっちも本音を見せておかないと信用されないだろうから仕方が無いか。―――で、判断した根拠だけど、仙人が扱うような仙丹は別として、一般に人間が扱う薬っていうやつは主に植物や鉱物、或いは動物の組織を乾燥させたりして作られる。そして、そうやって人の手で作られた薬っていうやつは何よりも繊細だ」

 雅比古は仰々しいような態度で語っていく。まるで先日に奇術を行っていた時のような態度だと忌瀬は続けて思った。

「だから薬には徹底した管理が必要になる。そう、例えば、空気に触れるだけでも変質してしまう薬を守るために密閉できる容器の中に作った薬を入れたりしてな。―――その腰に下がっている筒は薬の劣化を防ぐための密閉用容器だろう?」

 そして、そこで忌瀬は舌を巻いた。目の前の男は本物だ、と情報を付け加えておく。
 正しくその通りで、薬というものはひどく繊細だ。太陽の光を受けるだけでも効能を失ってしまうものもあれば、湿度の高い場所ではすぐに変色してしまうようなものまで様々だ。作ってしまえばそれで終わり、後はいつでも取り出して使うことができるというものではない。きちんとした管理と、定期的な作り直しが必要となってくる、常人にとっては面倒極まりないものなのだ。
 そのことを雅比古は知っている。―――余り知られにくい薬師としての知識を、初歩中の初歩程度のものであるが持ち合わせているということは生半可な知識人ではない。それは即ち他の方面にも造詣が深いのだろうと推測する。

「それ、貸してくれないか」

 言って、忌瀬の腰に下げてあった容器の一つを雅比古は指差した。

「これ、ですか?」
「ああ。利き酒じゃなくて、利き薬でもやってみせようかと思ってね」
「良いですけど―――」

 言われたとおりに忌瀬は雅比古に、腰に下げていた筒を一つ手渡した。
 その筒を受け取った雅比古はふたを開けて中に入っている薬の匂いを嗅ぎ、

「―――いっ、と。この目に来る刺激臭は気付け薬だろう。違うか?」

 いとも簡単に薬の種類まで当ててしまった。

「いいえ、正解です」
「そうか、余り自信があったわけじゃないんだけど、当たっていたなら良かった」

 何か見下すような視線で忌瀬を見ながら、殊勝に取れそうな言葉を雅比古は言った。その表情は先日に忌瀬が見た、奇術を行っているときの人懐っこい笑顔ではなかった。同じ笑顔であるはずなのに、何故か見た者には拒否感が浮かんできそうな、そんな表情。

「そこまで詳しいのなら、御自分で薬を作ることもできるんじゃないんですか?」
「いいや、俺は知識だけの人間でね。知っていることは色々とあってもできることっていうのは少ない。薬の種類をどうにか考える事はできても、その作り方なんてまるっきり解らない。―――今さっきの薬が何か解ったのも、少し前に同じような薬の事を知り合いから教えてもらったっていうだけだ。だから聞いた事の無い薬をあんたが持っていたなら、多分、俺は何も答えられなくて面目を失っていただろうな」

 忌瀬と視線を合わせずに雅比古は言った。その顔は笑っていた。
 だが、その言葉を聞いた忌瀬は嘘だと思った。わざわざ薬の種類を当ててみせると言ったからには、それは当てる自信があってのことなのだろう、と。負けなくてもいい勝負を吹っかけるような馬鹿はいない。

「こんなところで疑問は解消したか?」
「はい」

 最初から目の前の人間は薬師の良し悪しの判断をできるだけの目を持っていて、ただ仕事を早めるためだけにあのような人芝居をうったということを忌瀬は理解した。そして警戒した。中々どうして、こんな場所には似合わないだけの知識を持っている人間がいる、と。

「さて俺はもう行くが、最後に名前を教えてもらえるか?」
「忌瀬です」
「そっちの小さな子も薬師なのか?」
「いえ、この子は真姉胡といって私の弟子みたいなものです。薬師としては殆ど能無しですから、手伝いと考えてもらったほうがいいと思います」

 忌瀬が答えると、雅比古はちらりと眼球だけを動かして真姉胡を一瞥した後、

「それなら、忌瀬に真姉胡。復興軍にようこそ。―――今後、二人が復興軍にとって不利益な行動を取らない限りは、こちらとしても歓迎させてもらう」

 忌瀬と真姉胡を見続けたまま頭を小さく下げた。
 これは楽な仕事にはならないかもしれないなと思いながらも忌瀬は、これから案外にも面白いことになりそうだという予感がした。少なくとも一筋縄ではいきそうにも無かった。