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「――――話を元に戻しましょう。それで、この地形図から雅比古は何か考えているのか?」


止まりかけていた会話を亜衣が戻し、中央に広がる地形図を見つめて言う。


「……ああ、そうでした。この地形図を見て解るように、当麻の街の周囲の守りを固めてもさして得られるモノはありません。南には人も資源も少ないですし、街に留まってやれる事としたら兵士の訓練くらいでしょうが、そんな事は全くの無意味です」


やや、緩やかに口を開きながらも次第にはっきりと九峪は伊雅の顔を見つめながら言った。


「しかしだな、兵の練度が上がれば戦いがやり易くなるのではないか?」

「いえ、この場所で集められる兵士の数は多くて千に届くか届かないかでしょう。付け焼刃の技術しか持たない兵士が千人いたとしても、圧倒的な数と練度を誇る狗根国には絶対に勝てません。それよりも多少は先行きが不安定だとしても支配領域を広げて、更なる兵員の徴収が必要となります。狗根国と渡り合うためには最低でも五千から六千の兵士が必要です。そのためには止まってはいられません。このまま、勢いを維持したままに北上する事が最善ですね」


すらすらと、まるで何度も口にしてきた事のように九峪は流暢に話す。
その言葉は的確であり、同時に戦術的な知識が豊富でない人間にも解り易い。


「む、では雅比古、お前はこれからどうするべきだと言うのだ?」

「そうですね。当麻の街を制圧するための部隊が敗れてから既に一日経過していますから、後二日程度で情報は征西都督府に伝わるでしょう。だから最低でも――――五日以内に付近の街を落とす必要がありますね」


一度目を閉じた後に顎に手をあてて、僅かながら思案する素振りを見せた九峪だったが、目をゆっくりと開き直しながら言った。
五日で当麻の街の周囲を落とすという、一同にとっては非現実的な言葉を。


「……雅比古、正気か? 当麻の街の周囲で、狗根国兵が常駐している街は合計して三つ。それをお前はこれから五日で落とすと言っているんだぞ」


亜衣が黙っていられないとばかりに口を挟む。
その場にいる人間で殆どの幹部が似たような表情をしている。


「雅比古さん、それは流石に私も無理だと思いますけど」

「そーね。私でも無理だって解りそうな言葉だよ」


九峪の両隣で言葉を発する事の無かった音羽と上乃の二人も亜衣に続く。


「……雅比古さんは何をするつもりなんだ?」


やはり今まで口を開く事が無かった伊万里が口を開くが、二人とは違い九峪の目的を問う。
彼女は心の中で九峪ならば何かをしでかすかもと思っているのかもしれない。


「簡単な事だ。ただ街を三つ落とすだけだ」

「――――先ほどの戦いで負傷した兵を計算に入れたならば、こちら側の戦力は実質三百と五十程度。それでもあなたは堅牢な城壁を持つ他の街を全て落とせるというのですか?」


志野が普段の口調通りに冷静なままの言葉を九峪に投げかける。
狗根国は精兵六百でも当麻の街の中に篭っていた再興軍を破る事が出来なかったのだから、逆を合併軍が行えるはずが無いという事を彼女は主張しているのだろう。


「そうだな、普通だったら絶対に不可能だ。だが、今だけは出来るんだよ」


しかし、九峪は不敵な態度を崩す事は無い。
唇の端を歪めて、合点のいかない一同を見渡す。


「戦闘で一番大事なのは何か解るか?」


そして、そのまま皆へと問いかける。
一見、何の関係も無いような話ではあるが、一概にそうとも言い切れず皆が黙り込む。

暫しの間、考え込むような沈黙が場を支配していたが、


「……情報ですよね」

「お、最初から正解が出たか。その通り、情報を制するものが戦場を制するわけだ」


閑谷がややおっかなびっくり口を開く。
その言葉に九峪は頷きながら答えた。


「それで、情報が何だと言うの?」


頷く九峪を見ながらも得心のいかない様子で星華。
九峪の言葉が急に回りくどくなったために苛立っているのだろう。
時が足りない事を理解しているのならば尚更か。


「それで、だ。今、現在の状況で俺達が把握している情報には何がある?」


九峪は、一同を見つめながらも相手の反応を探るかの様に問いかける。
その場にいた者達全てのの実力を試すように。

この時点において、会議の中心は間違いなく九峪となった。
下座に近い場所に座る素性の知れない身分でありながらも、違和感無く会議の流れを御する九峪の弁舌に殆どの者が違和感を感じていない。
恐らくは口を閉ざしたまま面白そうに九峪を見つめる紅玉以外は、下座の者が上座の者の資質を試すという事態の異常性に気付いていないのだろう。

大した化け物だと、紅玉は九峪の言葉を吟味しながらも思った。


「未だ我々は他の街に関する詳細な情報は手に入れていない。だからこそ清瑞に周囲を探らせているのだろう」


そしてそのまま紅玉は沈黙を保ち続ける中で、やはり、一同の中で最初に九峪の言葉に答えを返したのは亜衣だった。
藤那もまた口を開こうとしていたが、亜衣の言葉を聞いて、同じ意見だったのか口をそのまま閉ざす。

星華、伊万里、伊雅、音羽、閑谷は答えを出せていないというよりも、付近の街の現状について詳細な情報を取り入れようとは最初から思っていなかったのだろう。
志野は話し合いから距離を置いている様子で、客観的に進み具合を観察している。

流石に仕方が無い面もあるが、香蘭、上乃は話についていっていない。


「もう情報なら手に入れていれてますよ。戦いが始まる前、ね」


くつくつと笑みを浮かべながらも九峪は言葉を続ける。
だが、その言葉が更なる混乱を誘う。


「この街での戦いが始まる前から、既に我々は情報を掴んでいただと?」

「若しくは戦いが始まった瞬間ですね」

「……どういう事だ?」

「それを考えてみてください。最低でもこの程度の推察は出来てもらわないと困ります」


訝しげに問いかける藤那の言葉にとぼけながらも九峪。
言外に答えを出せと言っている様なものだ。

意味を理解した火魅子の素質を持つ子女である藤那、星華、伊万里の三人が更に黙り込む。


「誰か気付いてはいませんか?」

「雅比古、会議が進まないから結論を先に教えてみろ」


伊雅が、会議をじらす九峪を諌めようとするが、


「いや、我らが火魅子候補様には成長してもらわないといけません。視点というものを学ぶ場合には今回の様な状況は役に立ちます。百の机上の学習よりも、一の実地の経験のほうが遥かに身につきますから」


九峪は首をゆっくりと左右に振りながらも答える。
皮肉った印象を与える言葉であるが正論。
将来は、九洲の頂点に立つ火魅子となる者達には深い思慮が求められると解っているが故に、誰もその言葉に反論しない――――いや、できないのか。


「このままじゃあ答えが出ないみたいだから、それじゃあ一つずつ重要な事を整理していきましょう。狗根国軍が当麻の街に到達したのは、再興軍がこの街を制圧してから何日目でしたか?」

「確か――――四日と半日だったかしら」

「そう、その通りです、星華様。それで、初めて会った時にも言いましたが、この異常な狗根国側の行軍の早さは何を示しているのかが解りますか?」

「それは、敵が予め私達が蜂起する事を知っていたという事でしょう?」


九峪の問いかけに、星華は澱む事無く言葉を返す。
通常ならば八日は時が必要な行軍が四日で行われたという事は、通常とは違う何かが隠されていたという事であり、そこから得られる結論は『狗根国側は再興軍の蜂起を知っていた、或いは蜂起を誘っていた』となる。
これは、九峪が星華達と初めて会った時に交わした会話からも明らかとなっている。


「そう、それも正しい。だけど、完全じゃない――――この時点で俺達に圧倒的に有利な条件であるという確証が存在しているんですよ」


だが、九峪は、そこからの更なる思考の発展を合併軍の面々に求める。
軽薄な笑みの中に、鋭い言葉を含ませて。

しかし、誰も口を開けない。
藤那はむすっと押し黙ったままであるし、星華はちらちらと亜衣を横目で見て助けを求めているようでもあるが、その亜衣自身が解らないのか、歯を食いしばりながら九峪を見つめているために、答えを得られそうにも無い。


「……誰も解らないんですか。まあ、所詮、実力はこの程度という事か――――」


あからさまにため息をつきながら九峪。
だが、同じ目の高さで皆を見つめながらも、見下すような冷圧を視線に添えている。


「何をッ!」


無遠慮な九峪の言葉に亜衣が吼えた。
彼女は自身が侮辱された事も我慢ならなかったが、それ以上に年若き彼女の主君である星華が侮られた事に耐えられなかったのだ。
口では星華に辛辣な言葉を用いて亜衣は注意を促してはいるが、それでも彼女は自らの主君が日々努力している事を知っていたし、だからこそ火魅子の名に星華は相応しいはずだと考えていたから。


「何か問題でも? 俺は何も間違った事は言っていないはずですけど?」


しかし、九峪は唇の端を吊り上げて亜衣を挑発する。
再び衝突する両者の発する敵意に限りなく近い重圧が場を支配する。


「問題が無いだと? 貴様は誰に向かって口を利いているつもりだ、雅比古っ!」

「はっ、我々の可愛らしい火魅子候補様達に向かってですよ、亜衣さん」

「な――――何だとぉ!?」


もはや勘弁ならないとばかりに立ち上がって亜衣が立ち上がり、九峪の元へと駆ける。
軍内では参謀の役割を担っている彼女ではあるが、それでも一般人よりも格段に高い戦闘力を持っている。


「亜衣っ!」


常に沈着冷静を地でいく亜衣の激怒ぶりに意表をつかれた星華が静止の声を上げようとするが、遅い。
足を組んで座ったままの九峪へと亜衣は近づいていき――――


「ああ、それと貴方にも言っているんでした、亜衣さん」


瞬間、亜衣は床に転がった。


「――――くっ」


更には九峪に乗りかかられ動きを封じられている。
九峪は両膝で亜衣の腕を押さえつけて、動く事すら許さない。
更には彼の右手は亜衣の首筋に添えられており、いつでも命を奪う事が出来る状態となっている。


「雅比古っ!」


流石の事態に伊雅が腰を上げて一喝した。
伊雅も、まさか命の奪い合いまで発展するとは考えていなかったために反応が遅れたのだろう。


「……やっぱり甘すぎる」


だが、九峪は伊雅には目もくれず、押さえつけている亜衣にさえも視線を合わせず呟いた。


「雅比古、何を――――」

「伊雅さん、これが合併軍の現状なんですよ」


伊雅が続けて言葉を放つ前に九峪がゆっくりと口を開いた。
淡々とした九峪の言葉は、荒げられた伊雅の声を、含ませた底知れぬ冷たい威圧感のみで制したのだ。

場の幹部達の殆どが恐怖感から、背に薄気味の悪い汗を浮かべた。


「仮に、合併軍が狗根国と同じだけの兵力を持ち合わせていたとしても、戦えば、今の合併軍なら確実に敗北します」


誰も見つめずに、九峪は感情を消していきながら話し始めた。


「魔人は確かに脅威。だけど、それと同じくらいに洗練された狗根国軍は厄介です。個を捨てて、完全に一つの部隊として機能する奴らは、反吐が出るほどに残酷で――――強い」


言葉が口から紡がれるたびに、殆ど全ての人間が九峪に飲み込まれていく。
悲壮感を超えた何かを九峪は纏っていた。


「更には、狗根国側の『四天王』、『上将軍』、『左道士監』に一対一で勝てる可能性がある人間は、こちら側には紅玉さん一人だけでしょう」

「……四天王?」


九峪の言葉に伊雅が問い返す。


「四天王も、上将軍も、左道士監も、魔界の黒き泉の力を、人の身でありながら常軌を逸した精神力で制御している化け物連中です。人の技と、魔人の力を併せ持つ奴らは、言語すら解する上位の魔人と肩を並べる戦闘力を有しています。暴れまわるだけしか能の無い、凡百の魔人とは比べるべくも無く危険です」

「……何故お前がそんな事を知っている?」


顔面を蒼白にしながらも、問いかける藤那。
常に内心を表に出さない彼女をすら震わせる九峪は、その言葉を聞いて袖の揺れる自身の左腕を見つめ、


「この左腕は左道士監――名は蛇蝎――にもぎ取られたんですよ」


全てを嘲笑った。