―――粛々と緩やかに流れる時間は無色の蛇
       賢者と愚者は等しく騙され喰らわれる―――






――――地獄に落ちろ

 耳に残る声が私を縛る。不意に出されたあの言葉は反則だったと思う。あのタイミングで、あの会話の流れで、拗ねた様にあの言葉を使われたらどうしようもない。脳裏の中に、心の整理がついていないために思い出したくないけれど、それでもとても大切な赤い騎士の姿が浮かび上がってしまうから。聖杯戦争からずっと私に絡み付いてきた彼の記憶が。
 事実、私は言葉を聞いて対処できずに固まってしまった。それがあいつに不信感を与えていなければ良いのだけれど、自分を除いた他者の機微に関しては敏感という非常に厄介な性質を持つあいつが何も感づいていないとは考え難い。恐らく何らかの違和感を私に対して抱いた事だろう。

「……はあ」

 寝起きは悪いけれど、寝相は悪くない私。それでも、当然だけど朝起きてみれば髪も些か乱れる。跳ねたり癖のついたりした部分を丹念に梳いていく。今日は絶対に気が抜けない。どうにかしてあいつに自身の楽しみと言う感情を植え付けなければいけないのだから。そうしなければ、遠くない未来に英霊であるアーチャーとなるエミヤシロウが生まれてしまう。
 それだけは決して私は認めない。

「牛乳、もう一杯……飲も」

 台所へと移動し、冷蔵庫を開いて冷えた牛乳をコップに注いでいく。口に含んだ瞬間に朝の眠気が僅かながら払われるのを感じる。思考も少しずつクリアになっていく。うん、これなら大丈夫。
 瞼を数回、閉じたり開いたりする間にすっきりとしてきた頭で考える。まずは何をしなければならないだろうか、と。今日は新都を力の限り散策する予定だから、お金は少し多めに持っていった方が良い筈だし、結構男の子でも飽きないように運動できる場所を回ろうと考えてもいるから、動き易い服装だった方が良いだろうか。けれど、ただでさえ女の子らしくない私が活動しやすい服装を着込めば、それこそ可愛らしさが欠片も無くなる。だから、やっぱり服装は普段通りのモノに決定する。
 それに昼は何かを食べさせてあげようとも考えているから――――って、あれ? 何で私は普段通りの時間帯に起きているんだろうか? せめて一時間前からでも起きれば何かを作る余裕はあったはずなのに、現在の時刻は八時二十分。今から準備をして直ぐに家を出なければ約束の時間までに間に合わない。ダメだ、昼食持参の計画は実行できそうにも無い。絶対に不可能だ。

「どうして、こんな時に限って……」

 長いため息を一つ。私は大抵の事はそつなくこなしている自信があるのだけれど、どうしようもなく大事な時に決まって大きなポカをやらかす。最近ではアーチャー召喚の時の時計の針の直し忘れであったりするが、それは昔から遠坂の家系に伝わる呪いだとか何とか。今回も悲しい事にその例に漏れていない。

「何を持っていこう――――はあ、どうせなら昨日の間に用意しておきなさいよね、私」

 昨日はまた聖杯戦争の記憶に入り浸り、そしてそのまま眠ってしまった。だから起きた今から用意を済ませてしまわなければいけない。何とも自分が使い勝手の悪い様に思えてくるが仕方が無い。これが私、遠坂凛なのだから。

「ああ、もう。後三十分しかないじゃない」

 口に出して毒づいてみるが、どうにもならない事は理解している。願えば時間が巻き戻ったりはしないし、遅くなるなんて事も無い。ただ刻々と流れるのが時間であり、だからこそ現実は残酷。そして危険でもあるが大切で――――なんて小難しい事を考えていたら目の前に何かが覆いかぶさる。

「……何も見えない――――って、髪、束ねておかないと」

 急に視界が黒色の何本もの線で覆われたために驚くが、どうという事でもなく、それは私の髪だった。梳くだけ梳いた後は左右で纏めるのを忘れていた事に今更ながら気が付く。ストレートのままの状態を誰かに見られるなんて勘弁してもらいたいので、家を出る前に直せた事に少し安心する。

「よし、大丈夫ね」

 鏡の前に立って最終確認。多分、変な箇所は無い筈だし普段よりは良いできばえだと思う。まずは第一段階は達成したという事か。まあ、これが出来なければ話にならないのだけど。

「さて、行きますか」

 準備は終わった。なら後は実行するだけ。成功するか失敗するか、全ては遠坂凛の器量と言うモノに懸かっている。だから、きっと大丈夫。私は大きな失敗をしてしまった事も多いけれど、それでも最後にはいつも成功してきた。そう、今回も真剣に私が取り組む以上は大団円となる事は決まっている筈だ。ハッピーエンドを他ならない私が作り出す。
 パンパンと軽く頬を数回、手で叩いて気合を入れる。意識が覚醒してきた気がする。

「待ってなさいよ――――」

 さあ、あいつの家へと行こう。




  *   *   *   *




「――――む」

 現在の時刻は朝の八時。今からでも、朝食を取って準備を始めれば今日の荷物持ちの約束までは十分に間に合うと思っていた。遠坂に指定された時間は九時ジャストだから余裕があると。だが、それは訂正する必要があったらしい。一時間の猶予があるはずだったが、今はもう無い。平穏とは壊れ易いものだと自覚する。

「……その視線は何よ?」

 俺の呆れた気持ちの篭った視線に気付いたのか、視線を僅かに逸らしながらも言い返してくる遠坂。土曜の朝八時に知り合いの家の居間でちびちびと牛乳を飲んでいるこの遠坂は、文武両道、才色兼備を一部の隙もなく正確に体現したような、紛れも無く我が校が誇るアイドルであって、少し前までは俗に言う俺の憧れの人だった。
 現在の遠坂は衛宮家の料理当番の一人であり、週に何度かは俺の魔術の師匠ともなり、そして学校では俺の近しい友人でもある、という風に知り合う前とは打って変わった関係となっている。このことを考えると、世の中は何が起こるかなんて解らないものだと強く思う。
 そんな彼女がどうして居間で不機嫌そうに牛乳を飲んでいるのかと言えば、時間を間違えたかららしい。何でも、遠坂の家の時計は余裕を持って行動できるように一時間だけ針を進めてあるそうなんだが、寝起きの悪い遠坂はその事実を忘れて遠坂にとっては予定通りの時間である九時に、現実には一時間も早い八時に俺の家のチャイムを鳴らしたというわけだ。
 いきなり『どうして何の準備もしてないのよ!』と開口一番に怒られた時には驚いたが、『どうしてって、まだ八時だぞ』という時計を指差しての俺の言葉を聞いた瞬間に、遠坂が手で顔を覆って気まずそうな声を漏らしたのは中々面白かった。遠坂の猫かぶりというか外面しか知らなかった頃には考えられなかった事態であり、意外にもそちらの遠坂の方が親しみがもてたりするから不思議だ。
 まあ、俺のそんな考えがばれてしまったのか遠坂は少しご立腹であり、怒りを鎮めるために牛乳を差し出しているわけだが。

「何でもないさ。ただ、遠坂の朝の弱さは筋金入りだと思っただけだ」
「くっ――――悪かったわね」

 自分に落ち度があった事を認めているのだろう。いつもの様にぐいぐいと他者を圧倒するような勝気な口調が少ししか感じられない。やっぱり遠坂は意外な場面でミスをするようだと、改めて心の中で確認する。やっぱり完璧そうな遠坂も人の子なんだなと思うと嬉しい。半人前が良い所の俺だっていつかは自分が思い描く存在になれるような気がするから。
 まあ、そんな事は、更に遠坂の機嫌が悪くなると敵わないので口には出さないが。

「……士郎、今、何か不穏な事を考えていなかった?」

 座っているために上目使いに、だがギロリッという擬音が聞こえてきそうな鋭い視線で俺を見据えながら遠坂。まるで俺の考えが読まれてしまったようだ。おかしい、口には出していないはずなのに。

「はあ、あんたは顔に直ぐに出やすいのよ」

 俺が心の中で首を捻っていたら、大きなため息をつきながら遠坂。何故か考えている事は間違いなく遠坂に読まれているらしい。連続で言い当てられてしまっては反論する事さえ出来ない。
 俺は普段から藤ねえや桜、果てはイリヤにまで先読みされる事が多々ある。自分では、俺は無表情な方だと思っていたのだが、常人と比べて表情の変化から思考が周囲に漏れ易いのだろうか。それならば早めにその癖を消しておく必要がある。考えている事が読みやすいなんて、百害あって一利なし。早期解決を心の中で決意する。

「む――――改善する」
「まあ、良いんじゃないの? それが士郎らしいし」
「いや、個性なんてものとは別問題で、顔に考えが出やすいのは困る」
「そう? そっちの方が好感が持てるわよ、私は。腹の探り合いをしなくて済むから」

 だらっとテーブルに突っ伏したままの状態で遠坂。何の変哲も無い言葉に思えるが、その言葉の中には魔術師である遠坂凛という存在が見え隠れしている。だから、やっぱり遠坂は切嗣と同じ視点を持っているのだと理解する。そして同時に俺もまたソレを手に入れなければならないと思う。
 聖杯戦争が終わってから、それまではただ甘受し続けていた時間の中には様々な事柄が隠れていたのだと感じるようになった。いや、隠れていたわけではなくて、俺が見ようともしなかっただけの話かもしれないが。やはり俺は未熟な半人前であると痛感する。

「あ、何か焦げ臭くない?」 

 サーヴァントという、それまでは曖昧にしか想像することが出来なかった極限の具現者達を直にこの目で見る事が出来たためか、最近は訓練を重ねれば重ねるだけ、自身の粗が目立つようになってきた。腕の振りの鋭さはセイバーと比べれば児戯に等しく、戦闘の組み立てはアーチャーと比べれば実に稚拙。
 人の身でサーヴァントに勝ちたいと言う訳ではないが、それでも自身を彼らに近づけることは出来るはずなのだ。だが、俺は一向に成長する兆しを見せない。遠坂から教わっている魔術でも初歩の初歩の段階を覚えるのがやっとという状況で、更なる修練を続けなければと思う。

「うわ、料理焦げてるわよ」
「? って、ああ、これはダメだな」

 何時の間にか隣に立っていた遠坂の声に驚き手元を見てみれば、煙を上げながらも黒々と燃える目玉焼きの姿があった。残酷にも本来の白色と黄色のコントラストは見ること叶わず、誰かからこれを木炭だと言われても信じてしまうだろう酷い状態。
 最早、食す事が不可能なソレを見て、やはり自身が未熟だと思い知る。一つの事さえも満足にできなくて、どうして俺が目指す者になれるというのか。
 流し台の三角コーナーの中に焼け焦げた目玉焼きを放り込み、その後で焦げがこびり付かない様に、蛇口を捻り水を出して熱を持ったフライパンを冷やしておく。散々な結果だ

「ふふ、士郎も人の事を言えないわね」

 後始末をしている俺を見ながら遠坂が口元に手を当てて笑いながら言ってくる。寝坊の事をからかわれたのを根に持っているのだろうが、言い返せないので黙っておく。自身の誤りは受け入れなければならないから、これもまた良い機会だ。

「あれ、怒っちゃった?」
「別に。事実だからしょうがない」

 悪戯っぽい笑顔で言ってくる遠坂に、これ以上追求される事の無いようになるべく素っ気ない声で答えておく。俺が二ヶ月の間に覚えたのはこんな役に立たない事ばかりだ。
 だが、いつまでもうじうじと悩んでいても仕方が無いので、きっちりと思考を切り替える。物足りない感もあるが今日は白米に味噌汁、それにおざなりながらも沢庵という献立で我慢しておく。

「遠坂どいてくれ。朝食が運べない」
「あ、ゴメン」

 台所と居間をつなぐ場所に立つ遠坂にどいてもらい、普段よりも遅めの朝食を食べ始める。手を合わせてから食べ始めた簡素なはずの朝食は、何故かそれほど悪くは無かった。

「そう言えば、時間は大丈夫なのか?」
「ええ、別に時間が決まった場所に行くわけでもないから、一時間や二時間遅れても大丈夫」

 ふと、箸を止めて居間の時計を見てみれば八時四十分。知らぬ間に結構な時間が経過していた事に今更ながら気が付く。そう思って荷物持ちを頼んだ本人である遠坂に尋ねてみたが、特に遅れても問題は無かったようだ。
 まあ、ただの買い物ならそんなものか。そう思って箸を取り普段と同じペースで食事を再開する。




  *   *   *   *




 学校までの道のり。ぶらぶらと普段と変わることの無い景色を見つめながらも歩いていく。沈んでいた気分はどうして、昨日の余りにも愚直な衛宮の言葉を聞けば馬鹿らしくなって消えていった。諦めれるわけが無い、か。単純だけど本当にそれが正しい様な気がしてきたから面白い。多分、衛宮の頭の中にはそういった選択肢が存在していないのだろうとも思う。何とかと紙一重だけど、個人的には嫌いじゃないかな、その考えは。上辺だけの人間よりは、よっぽど。
 そもそもどうして衛宮の射を超えようなんて考えたのかが思い出せないのだけど、それはどうでも良いか。ただ適当に思いついただけでも、錯覚だろうとも関係ないし、目標がある事は良い事だと思うから。
 まあ、新たな目標と言うモノが出来たために、今、あたしは気分が良い。
 本当は落ち込んでいる最中、三枝さんに新都までお買い物に行きませんかと可愛らしく誘われたので、気分を切り替えるために部活はサボってしまおうと思っていたのだけれど、色々と吹っ切れたので昨日の夜に断りを入れておいた。残念そうな三枝さんの声を聞くと、少しというかかなり罪悪感を感じたが仕方が無い。現金なものだけれど、目標が確立されてしまえば今度は逆に時間が足りなくて練習に打ち込みたくなったから。それに、蒔寺とはそりが合わないというか、余り好かれてはいない気がするので丁度良かったかもしれない。
 これから総体に向けて練習頑張るぞー。藤村先生風に言ってみればこんな感じか。心の中で言ってみて、あたしのキャラから外れている言葉だと再確認してへこむ。どうも底抜けに明るい態度と言うのはあたしの柄じゃない。時々、むかつくけれど姉御なんて言われる事も多いあたしは年上的な発言を周囲から暗に求められているのだと感じる時がある。そういった場合に、自身の性格を恨みつつも当たり障りのない発言をしているあたしも悪いのだけど、世間体を欠片も気にせずにやれたらな、と思ってやまない。
 藤村先生なんて良い例だ。普段は弟よりも存分に幼い行動を連続するにも関わらず、急に立派な年上に変形したりして羨ましい。ころころと笑ったかと思えば、吼えたりするし、それだけかと思ってみれば滅法腕が立つ。あの年で剣道五段なんて聞いた事が無い。もうその時点で破天荒。色んな意味で絶対に真似は出来ないが、少し憧れる。なんて、あたしは変わっているな、やっぱり。

「ん――――ああ、良い天気だ」

 背筋を少し逸らして空を見上げる。今日も今日とて空は晴れていた。弓道場へと続く道のりは土曜日であるために人が疎らだけれども、決して閑散としているわけではない。
 着いたなら、軽い柔軟をしてから直ぐに練習を始めよう。




  *   *   *   *




「……おい、遠坂」
「なにー?」

 俺の声に振り返って遠坂。足取りも軽やかに前へと進もうとしている。普段の赤を基調とした服装にアクセントとして腰に白い革製のシザーバッグを巻きつけているのが似合っている。普通はシザーバックなんて男が主に好んで使うものだが、意外にも短めの黒のスカートに白いレザーが良く映える。或いは元の素材が良いからかもしれないが。
 あ、いや、違った。そんな事は重要じゃなくて、今、問題なのは遠坂が持っているのはそのシザーバックだけであって、その他の荷物は全部俺が持っているという事実だった。それもかなりたくさん。
 荷物持ちを手伝うとは言ったが、少々遠慮が無さ過ぎるんじゃないかと思う。俺の両手は既に埋まっているのに、それでも気にせずに歩き続ける姿はまるで女王様と言ったところ。どう考えても俺は荷物持ちと言うよりも召使。つまりはサーヴァントか。俺はむしろセイバーの荷物を持ってあげようとしてぞ、遠坂。心の中で呟いてみるが状況は変わるわけでもない。

「次は何処だ?」
「次? ああ、えっと、服買いに行くから着いてきて」

 少しだけ思案するそぶりを見せた後に遠坂は残酷に言い切る。何故か橋に行きたいと言い出した遠坂の言葉に従って、俺は両腕を埋まらせたまま、遠坂は手ぶらのまま新都と深山町の間に流れる川に架けられた大橋までやって来ていたというのに、遠坂はそこから更にまた新都へと戻るなどと言い始めたのだ。色んな感情が通り過ぎていった後に、中々の傍若無人っぷりに恐れ入る。今度からは約束についての安請け合いは止めておいたほうが良いかもしれない。

「また戻るのか?」
「ええ、まだ服は買ってなかったでしょう」

 にっこりと笑って遠坂が言う。自分の顔がげんなりとするのが見えなくても解る。もう昼になるというのに、どうして未だに新都と町を往復しているんだろうか。もっと計画的に買い物を進めていけば、今頃は全てが終わっていてもよさそうなのに。

「何、嫌なの? セイバーの服をあげたのは誰だったかしら?」

 考えている事がまた読まれてしまったのだろう、悪戯っぽい笑みを深まらせて遠坂が痛いところを突いてくる。確かにセイバーの服を遠坂から貰った事がある。という事は、それによって遠坂は服を一着失ったと言うわけだから、セイバーのマスターであった俺が埋め合わせに付き合うのは理に適っている。少し面倒だが、付き合うのが正解だと言う事か。

「だけどな、遠坂。もう十二時をとっくに回ってるぞ」

 だが、一応主張しておきたい事も有る。腹が減っては戦が出来ないという格言があるように、空腹では遠坂の荷物持ちにこれからもついていけるか多少不安だ。そもそも、色々とあって朝食が一品少なかったから消化も早いという事だろう。

「もうお腹減ったの、士郎?」

 呆れた口調の遠坂の言葉を聞いて少し憮然とする。まるで俺が欠食児童か何かのようだ。

「違う。今朝は誰かが早く来て、待たせるのが悪いと思ったから軽いものしか食べれなかったんだ」

 当てこすりの様だが、これは厳然たる事実だ。俺は三食の中で朝食をしっかり取るタイプの人間だから、結構手の込んだものを普段は作って食べている。しかし、今朝は遠坂が予想以上に早くやってきたために、知り合いを待たせるのは悪いと思って軽めの食事に切り上げたのだ。まあ、その軽めの料理さえも不注意で失敗してしまったので更に空腹になるのが早まったわけだが。

「何よ、目玉焼きを焦がしたのは士郎じゃない」
「それは確かに俺の失敗だが、最初から作る副食を減らして覆いたんだ」
「あ、そういう事。てっきり悔し紛れの言い訳かと思った」

 掌をぽんっと叩いて得心したのか遠坂が頷く。遠坂の中での俺がどういう位置づけか解る言葉だ。

「当たり前だ」
「そうよね、セイバーじゃないんだから――――」

 話を合わせてくる遠坂の言葉に、チクリと胸を針で刺された様な感覚を覚える。最近までは俺の胸を騒がせ続けてきた言葉に少しばかり動揺したが、即座に思考を元に戻す。

「ああ、そうだな。流石にあそこまで大食じゃない」

 笑えているはず。普段と変わらぬ受け答えが出来ているはず。ここにいるのは過去に振り回され道を見失なう事など無い衛宮士郎であり、それ以外の何者でもないのだから。虚弱な精神など消え去ってしまっている。

「……大丈夫? 何か変な気がするけど」

 表情を変えずに、だが雰囲気だけを変化させて遠坂が尋ねてくる。今までの他愛ない会話をしていた時の遠坂とは異なり、探るような視線を向けている。俺の奥底に何かが眠っていないか、隠された存在を一心に確認しようしているような鋭さを纏わせて。
 だが問題は無い。俺の中に隠されたものなどは無い。そんなものは消え去った。

「何も変な事は無いさ。それよりもまだ時間がかかりそうなら何処かに昼を済ませておきたいんだが」
「ふーん、まあ良いか。士郎がお腹すいたみたいだし、お昼にしましょう。何処か行きたい所はある?」

 少しばかりの逡巡した後、ころっと雰囲気を元に戻して遠坂が聞いてくる。だが、俺は外食する経験などは滅多に無いので、そういった店に関する知識などは持ち合わせていない。

「俺はこの辺りには詳しくない」
「そ。じゃあ私が知ってる場所で良いわね?」
「ああ」

 俺の返答を聞いた遠坂は両手を背で組みながら半回転。その体を新都へと向けて、

「なら、行きましょう。良い場所があるのよ」

 そのままこちらを見る事無く歩き始めた。俺がこのまま一緒についていかなかったらどうなるのか、なんて疑問が浮かび上がったが首を振る。俺が後を歩いてくると思っているから遠坂は振り返らないのだろうし、何より、意外にもこの時間は楽しかったから振り切って帰るのは勿体無い。
 楽しい――――そう思える。